自分の仕事に胸を張れますか その2
出し抜けに鉄は素っ頓狂な声をあげた。
「やりぃ! ほんと? マジでかっこいい?」
いや、本気は本気だったんですけど、いきなりバンザイはないでしょう。幼稚園児かと笑ってしまいたいところだが、ここはもうひとつ肯定してやらねばなるまい。
「本当にそう思う。てっちゃん、かっこいい」
返事をすると今度は片手をひょいっと持ち上げられ、ダンスみたいに身体をくるりと回転させられた。その嬉しがりように、今度は我慢できずに笑ってしまった。
「笑うなよ、嬉しいんだから。仕事なんて滅多なことで褒められないし、親父やベテランにはガンガンしごかれるばっかりだし、汚れた作業着で外歩きゃ、あからさまに大回りしてよける人だっているんだ」
確かに上下関係は厳しそうだし、綺麗な仕事じゃない。だけどそんなことなんて、関係ないのだ。真摯に仕事を考える鉄は、やっぱりかっこいい。それだけは、誰が何と言おうと美優の中で揺るがない。
「お世辞じゃないからね。マジでそう思ってる」
鉄は今度はぐるりと背中を向けた。照れたのかも知れない。
しばらく擁壁越しの現場を見上げていた鉄は、後ろを向いたまま声を出した。
「みーに、そう言われたかった」
思わず聞き返した。
「みーにかっこいいって言われたかったの。早坂の三代目とか言われてもまだ実質じゃねえし、口に出して大風呂敷広げたら、口だけって言われないように動くしかないだろ。でもさ、それだけじゃつまんねえじゃん」
ああ、それは理解できる。走っている最中に応援があれば、辛くても立ち止まらずに進める。
「言ってもらえれば、みっともないとこ見せらんねえ。だからそれ以下にはならねえ」
鉄は背中を向けたまま、続けていた。美優の目を確認もしないで。けれどそれは、真剣に聞いているはずだって信頼関係に成り立っている。事実美優は鉄の背中を見ているし、その表情は戸惑い気味ではあるが真剣だ。
「みーに言われたい。そうしたらもっとかっこよくなる」
意地とスタイルの鳶職人。鉄の価値観は『かっこよく見えるかどうか』なのかも知れない。幼い頃に父親が世界で一番かっこいい人だと聞かされ、高所を憧れの目で見ていた少年が、そこを自分の場所にした。それは自分の目で見えるのと同じくらい、他人から見てかっこいいのか確認したいのかも知れない。
はっきり言ってしまえば、美優にはその憧れは理解できない。テレビドラマの舞台になるような整然としたオフィスで、頭脳戦を繰り広げるほうが遥かにスマートだ。けれどそんな人たちだって、表向きのスマートさとは裏腹な仕事をするときもあるのではないか。小狡い出し抜き合戦や不本意な土下座や、責任の転嫁。人間同士のことなのだから、ないわけがない。そこまでを含んで、優劣をつけることはできない。まして目の当たりにしている、鉄の圧倒的な熱量はどうだ。これに惹かれずにいることなんて、できやしない。
言うだけ言ったら気が済んだらしく、美優の反応を待たずに鉄は道路に出た。
「腹減った。メシ行こうぜ。さっきのファミレスでいい?」
数歩遅れた場所から小走りに横に並んだ美優は、声に緊張を滲ませながら言わなければ伝わらないことを告げた。
「何回でも言う。てっちゃん、かっこいい」
胸が早鐘を打っていて、呼吸が苦しい。だってこんな話をしたのははじめてで、胸から何かが溢れてきそうで。
小さく笑った鉄が美優の髪をかき回し、車を置いたファミリーレストランに到着した。ドキドキしすぎて胸が痛い。
食事中の会話はなんとなくぎこちなくて、鉄の表情ばかりを見ていた。好きだって言われたわけじゃない。つきあおうなんて言葉もなかった。けれどさっきのやりとりで、互いの気持ちは通じ合った気がする。
ドラマティックでもない日常会話の続きで、こんなことは起こり得るのか。はっきり言葉で確認してはいないのに、この充実感はどういう変化なのだろう。
ドリンクバーに向かった鉄が、自分のコーラと一緒に美優のアイスティを当然のように運んでくる。それが幸福なことだと、今更ながら気がついた。
そうか。てっちゃんはずいぶん前から、私にああやって気を使ってくれてたんだな。
自宅の前まで送ってもらい、自転車を降ろす。手を振って見送った後、自転車置き場で美優は大きく息を吐いた。
うん、がんばる。私も張り合って、かっこよくなる。そうしないと、無責任に好きな人を煽るだけのバカになっちゃう。そんなのは、いや。