需要があっても供給できないこともあります その2
噂のダブヨンの手袋の話が卸し問屋からあったのは、火曜日の午前中だ。
「二号店さんに割り当てられるのは、二十双です」
「三ヶ月近く品切れてて、たったそれだけですか? 次の入荷はどうなんです?」
「全然予定が立たないみたいなんですよ。もし切り替えられるのなら、違うモデルの紹介をしていただいて……」
「紹介はしてます。でも、お客様がダブヨンじゃないと納得してくれないんですよ。なんとか入りませんか」
「いや、実は廃番になるって話があって。もしかしたら最後の入荷かも知れないです」
受話器の中からの声が小さくなり、反対に美優は悲鳴を上げた。
「困る困る! 待ってる人、いっぱいいるのに!」
電話の声も困っていた。生産できないものは生産できないのだし、欲しいと言った人が供給できない原因を解決できるわけじゃない。
「一番困ってるのは、メーカーさんだと思いますよ。売るものが生産できなくちゃ、何もないんですから」
「ああ、それはそうですねえ。でも困るなぁ」
お互いに溜息を吐いて電話が終わった。駄々を捏ねてもどうしようもないのは、美優だってわかっているのだ。
受注残はどれくらいあったかと、リストを見る。手袋を一双だけなんて注文する人は、少ない。次に来るときに買うから、入ったら五双くらいキープしといてーってなもんだ。どうにか振り分けるためには、数量を制限して販売するしかない。
そんなことを考えてる最中に、松浦が受注票を持ってきた。
「美優ちゃん、注文。ダブヨンの手袋三十双取って」
「すみません、メーカー欠品です」
間髪を入れずに返事してしまう。
「どこもないの? 何件か確認してよ」
「全国の鳶さんが探してますけど、ないんです」
と、少々話を盛った。
「明日少し入ってくる予定ですけど、全然足りません」
「じゃ、それ全部こっちにまわして」
松浦の大口の客なのかも知れない。けれど問屋の話通り廃番になってしまったら、とても希少な品になる。それをすべて同じ会社に渡したくない。できれば来店した人に、事情を説明しながら販売したい。
「無理です。予約だけでマイナスなんですから」
「こっちは電動工具も同時注文だし、まとまった金額での取引なんだから」
一括の現金取引なら、松浦としては便宜を図りたいのは理解できる。けれども美優としては、単価は低くとも普段から二階に顔を出してくれる顧客たちを、是が非でも優先したい。大口で機械的に配られるよりも、欲しくて待っている人に対応したい。
「言いましたけど、全国的に欠品なんです。やっとの生産で、近隣の他の店舗も少量ずつでも入荷します。何故ウチに入らないのかってクレームが来たとき、店長が対応してくれますか。入荷したけどアナタに売る分はありませんでしたなんて、私は言えないです」
端っから喧嘩腰だ。自分が発注して自分が管理する商品を、勝手に持って行かれてたまるもんか。
「じゃ、すぐに次の発注して。遅れるって言っておくから」
「ケースで発注してあります。次の生産は未定です」
「それじゃ注文にならないじゃない。卸しじゃなくて、メーカーに直接訊いてよ」
「メーカーからの返答です。廃番かどうかは検討中だそうです」
松浦はムッとした顔をしている。これまで安定供給のあったものが欠品なんて想像もしていなかっただろうし、多分客先とは価格を含めて納期の話を進めていると想像できる。
「じゃ、十双で勘弁してもらうから」
「出せません。何種類か他のものを提案しますから、選んでいただいてください」
譲るもんか。ここで同意してしまったら、待っていてくれる人に行きわたる数が少なくなる。お待たせしました、少なくて申し訳ございません、そう言いながら渡したい。そして廃番の可能性があるからと伝えなくては。
「同等品ってどれ?」
不機嫌な顔のまま松浦が言う。数点を手に取り、渡してみる。
「他に何社か、同等品の紹介を頼んでます」
「なんか、どれもこれもしっくり来ないな」
「だからダブヨンのファンが納得しないんです。でも廃番になるんなら、先に根回ししないと」
「廃番は決定じゃないんでしょ? 待てそうなお客さんには待ってもらって……」
「待ってもらった挙句に廃番なんて、トラブルが見えてるじゃないですか」
客が松浦に対する態度と、美優に対する態度は違う。美優が難しいと断ったものを松浦のところに持って行き、それが美優にもう一度持ち込まれることは多い。そして松浦から断られて、客はやっと納得するのだ。アルバイトのおねーちゃんが仕入れやメーカーとの折衝をしているなんて思っていないか、エラい人から頼めばメーカーは無理を聞くものだと思っているか、どちらかである。
両方、ハズレ。小さな小売店一件のためになんて、社会は動いてない。
絶対にまとめては出さないと言い張り、松浦がしぶしぶ折れた。
「じゃあサンプル借りてくよ。でも続けてフォローしといてね」
階段を降りていく松浦に、あっかんべーと舌を出してみる。売り場のお客さんを優先させるのだって、ちゃんと担当者なりの理由があるの! ただ意地になってるだけじゃないんだからね!
そしておもむろにスマートフォンを掴み、鉄にメッセージを打ち込んだ。
『ダブヨン、明日入る。でもお一人様二双までの限定です』