天候の当たりはずれは、当然あります その5
最近よく行くカフェに入るとき、なんとなく違和感はあった。普段通り鉄がドアを引き、美優が先に店の中に進む。どこがと言えないけれど、とても小さな違和感がある。不快なものではなく感覚的なもので、どこがどうとは言えない。
テーブル席が騒がしかったので、カウンターに並んで座った。それも別に普通の流れで、特別なことじゃない。でもどこかに漂うトクベツ感。
えっとね、何かさっきから近いです。店に入るときも、てっちゃんの肩が真後ろにあった。テーブルを挟んでいるときは気にならないけど、隣に座っているし店の中にうるさい客がいるしで、てっちゃんは顔を近づけて喋る。肩も腕も、体温を感じそうに近いです。笑うとき私の背中をぽんっと叩くし。
気のせいじゃない。物理的に距離が近い。気安い性格の鉄ではあるが、普段はこんなに近い位置になんていない。意識的にか、それとも無意識なのか。それには意味があるのか。
そっちに気を取られて、返事がおろそかになる。聞いてんのかと頭をはじかれる。近い近い、近いってば!
小一時間で時間の延長はない。どこかに出る予定があるわけじゃないし。だから食事の時間に帰るのはいつもの流れで、物足りなくても不満は持ちようがない。
「明日、また雪予報だよね」
「昨日ほどじゃないといいな。工程ずれるのも、限度あるし」
「え、降っても仕事?」
「危険なほど降ったら休みだよ。現場事故があると、作業が延期になっちゃうから」
車の中でそんな話をした。
じゃあねと車から降りようとしたら、名前を呼ばれた。
「なに?」
「おまえさ、鳶ってどう思う? 商売抜きで」
商売抜きでと言われると、そんなに詳しくない美優は言葉に困る。けれど表面のイメージだけで言えば、伊佐治に入る前と現在では大きく違う。現在の感覚でいえば。
「てっちゃん、前に鳶はスタイルって言ったよね。真面目な話、かっこいい職業だと思うよ」
どの作業よりも先に現場に乗り込み、動きと効率を考えながら組み上げ作業をする。建築物の構造を理解できない人に、そんなことはできない。
「へへっ」
嬉しそうに笑う鉄が、可愛らしく見えた。
鉄のためには雪が降らないほうが有り難いが、商売的には降ってくれた方が嬉しい。買い足した長靴と手袋を捌きたいし、二月中に防寒グッズを売れるだけ売って、三月から春の準備をしたい。
降らないといいね、てっちゃん。でも降ってくれないと、売り場的には苦しいなあ。
カーテンの隙間から、外の天気を確認したりしてみる。雨も雪も、今のところは降っていない。予報では明け方から雪だということだし、また交通が怪しいなら、翌朝も早めに家を出たほうが良いのかも知れない。
友達とのSNSのやりとり中に、ひとつメッセージが入ってきた。正確に言えば、メッセージじゃなくて画像が一枚だ。
えーと。腹筋ですか、これは。ご自身の腹筋でしょうか。なんのアピールですか。まさか私のおなかがぷよぷよだと言いたいんですか。否定しきれないけど。
『すごくね?』
『見せびらかしたいの?』
『シックスパックだぜ』
『ナルシスト』
友達との呑気な会話の途中に、こっちも着信音が鳴ってわけがわからなくなる。腹筋見せるために、わざわざ連絡して来るな。
『日曜日、どこか行く?』
会話が往復して混乱していたので、女友達のメッセージのつもりで返信した。
『行く行く。新しくできたスイーツバイキングが気になる』
『甘いものだけか?腹に溜まるもののがいいなあ』
相手を間違えたなどと返信はできない。ってか、てっちゃんが今までこんな風に誘ってきたことない! 慌てふためいたって、もう前言撤回はできない。
『パスタとサラダもあるよ。それとも違うところにする?』
慌てながら話を進めるしかない。男の子と食べ放題とか、気が引けるんですけど。
翌朝目を覚ましてカーテンを開けると、外は白くなかった。代わりに冷たそうな雨が少し降っており、本日入荷するはずの商品は、一昨日ほど買い手は多くないだろう。
あーあ、売り損なっちゃった。その前の天気予報、ちゃんとチェックしておけば良かった。そう思っても予報は百パーセントではないし、どちらにしろリスクは伴うものなのだ。
駅からとぼとぼ歩きながら、店に向かう。それでも寒くて天候が良くない分、現場を早上がりした客が来るはずだ。せめて彼らが、濡れた靴下を履いていませんように。
寒い中で作業する人たちが、少しでも快適でありますように。