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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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天候の当たりはずれは、当然あります その3

 仕事を終えて駅までの道は凍り始めていて、歩くのが怖かった。リョウが言っていた緩い坂道に差し掛かかる前から、融雪剤の粒が道に撒いてあるのが見える。

 ああ、この辺から作業したのか。確かにここは転びやすいし、歩道と車道に段差があるから危険だな。

 そんな風に思いながら、汚れた雪を見た。邪魔にならない場所に積んである雪の上に、歪んだ雪だるまが乗っている。こんなところで雪遊びをする人はいないから、雪掻きついでにふざけて作ったに違いない。バケツ帽子代わりのプラスティックの飲料カップと、落ちていたと思われる木の枝でつけた目鼻口は、いかにも間に合わせだ。

 それを作りながら笑いあっている姿まで見えた気がして、美優は口元に笑みを浮かべた。男の子って楽しそうだよなと思うのは、そんなときばかりだ。


 一駅だけ電車に乗り、駅からの道をまた歩く。それだけの距離なのに、こちらは住宅街なので道の様子はまったく違う。戸建ての住宅が並ぶ細い道は住人の動く部分だけ雪がなく、路面が全体的に凍っている。何度か足を滑らせて、変な場所に力を入れながら歩く。十数分の距離なのに、歩いただけでへとへとだ。

 帰宅して一番先にするのは風呂の用意をすることで、とにかく冷えと筋肉の疲労をどうにかしたい一心だ。父も兄も帰宅していないので、好きなだけ長湯してやる。

 こんな日にも、外仕事をしてた人たちはいるんだよね。私なら一日で泣き言を言って辞めるレベル。それが仕事なんだからとか言われたって、強制されたらニートを選ぶかも。甘いのかな、私も充分頑張ってると思うんだけども。


 夕食までの僅かな時間に、SNSにメッセージを打ち込んだ。寒い中で他人の歩く場所を綺麗にしてくれた人に、一言礼を言いたい。全員に言って歩けるわけじゃないけれど、言う相手はひとりだけ知っている。大真面目じゃなくて、気楽な文面で労いたい。

 待っていたかのような早さで返信があり、メッセージがいくつか往復した。それだけのことで、身体の芯がぽかぽかする。外は道が凍ってしんしんとした寒さなのに、スマートフォンを操作する指先に花が咲くようだ。

 ふと自分の指先に、目が行く。段ボールを捌いたりガムテープを貼ったりする作業のために、爪は短くしたままだ。せめて指だけでも美しくしようと、手にクリームを擦り込んでマッサージをした。次に鉄に会うときは、少しでも今より綺麗になりたい。



 翌日、まだ道は凍っているままだったが、交通は回復していた。もちろん滑る道を自転車で走る勇気はなく、美優は続けての電車通勤になる。そちこちに普段と違う力が入って、おかしな場所が筋肉痛になりそうだ。

 朝の天気予報が、不吉だった。週末にもう一度雪が降りそうだという。これから雪仕度をして、間に合うだろうか。今日発注しても、流通が乱れると入荷が間に合わない。降ってしまった後入荷すると、手遅れで過剰在庫になる。

 あれこれ考えながら出勤し、松浦に相談する。

「昨日買えなかった人が来るから、大目に発注しといて。ただ、今月の予算オーバー気味だよね。そこのバランスは考えてね」

 ものっすごくアバウトな指示だから、美優の計算にぶん投げただけだってことだろう。売れれば正義だって言ったって、時と場合による。まして天気予報は、完全に的中する保証なんかないのだ。


 長靴は今回売り逃しても、時間が経てば必ず売れる。けれど欠品のクレームで声が大きかったのは、防寒の手袋だ。いつまでも思い悩んでいる時間はない。ええい、売り残したら売り残したときに考えよう!

 思い切って倍ずつ発注する。昨日の雪で買えなかった人の数を思えば、もう一度大雪が降れば確実に売れる量だ。こうなったら、次の雪を祈るしかない。ってか、降ってくれないと困る。お願い、降ってください。

 雪が降ると困ると思いながら、こと商機だと思えば願ってしまう自分が悲しい。自分の時給が上がるわけでもないのに。


 外の気温は上がってきたらしく、昼休みにコンビニエンスストアまで行く道はびしょびしょだった。ところどころに積まれた雪はますます汚れ、黒っぽい固まりになっている。

 てっちゃんは今日、仕事なんだろうか。濡れた現場で危険なことしてるのかな、早坂社長が無茶なことをさせる人だとは思えないけど、時間が無制限にある仕事でもないし。

 考えているうちに不安になってきて、思わずメッセージを送った。こんな風に心配するなんて、腕を信用していないのかとプライドに障るかも知れないと、気がついたのは送ってしまった後だ。


 現場が三時休憩に入ったタイミングで、メッセージの返事が来た。高い場所から下を見下ろした写真が添えられている。

 さんきゅー。気をつけるから、心配すんな。あとで寄る。

 相変わらずの短いセンテンスなのに、妙に近寄った気になるのは何故だろう。ただの気のせいか、自分が期待しているだけなのか。それともこの短い文章が、何かいつもと違うのか。

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