天候の当たりはずれは、当然あります その2
売り場に現れた客は、開口一番で同じ言葉を言う。
「おお、あったかい」
一階が暖房を入れている分二階は更に暖かく、美優はカットソーの上に作業ジャンパーだけの軽装だ。
「いいな、ここはあったかくて。外は十分で凍えるよ」
「どうぞ少しでも暖まって行ってください。ゆっくり身体をほぐしてくださいね」
そんな平穏な会話で済む人もいれば、八つ当たりめいた言葉を投げる人もいる。
「あったかい場所で、こんな日に手袋も売り切れちゃってるような殿様商売で、なにやってんだよ」
「申し訳ありません」
「申し訳ねえったって、あんたは謝りゃ済むんだろうが、こっちは破けた手袋で雪かきしなきゃなんねえ」
声を荒らげられたところで、在庫が湧いて出るわけじゃない。
数人の客からの情報では、近くのホームセンターも長靴や冬用のゴム手袋は売り切れてしまっているらしい。伊佐治だけが品切れじゃないのだ。
「内ボアの手袋は売り切れてしまいましたが、インナー用の薄い軍手の上に普通のゴム手袋はいかがですか」
「長靴は完売です。くるぶしまでなら防水になっている靴がありますけど、それではいけませんか」
代替えの案を聞き入れてくれる人と、毒を吐いて去って行く人。どちらも雪の中で作業をしなくてはならない人たちだ。
工業団地に入ってから歩いてきた道は、綺麗に雪掻きしてあった。駅からの道を全部綺麗にしてくれればと思いながら歩いてきたけれど、考えてみればあれはどこかの会社が、必要だからと雪を退けたのだ。そのときに通行人も通りやすいようにと、必要でない部分まで雪を片づけてくれた。
それを感謝するどころかもっと働けとか、なんたる傲慢。今日自分がしたことは、文句言いながら駅から歩いてきて、見込み発注の甘さを指摘されて膨れてただけじゃないの。
反省はしても基本的には自分のせいじゃないっていうのがあって、説教されれば腹は立つし、客からのイチャモンだって聞き流しだ。全部本気で聞いていたら、客商売なんてやってられない。
数人の客がまとめて入ってきて、防寒具を広げてみている。
「室内ってのは気楽だね。こんなとこで立ってるだけで金貰えるんなら、俺も転職しようかなあ」
「いいな、おまえが店員なら財布持たないで買い物にくる」
そう言いながら笑いあっている客の一メートル後ろについているので、美優に失礼なことを言っているつもりはないらしい。
「いらっしゃいませーって言ってるだけだろ? 客が勝手に試着して買うんだから」
自分に向かって言われているわけでもないから、反論もできない。むっとした顔のまま、放置もできないので近付かずに売り場をウロウロしていた。
「おまえみたいに敬語も使えないヤツ、雇ってくれるわけないだろ」
一緒にいた少々年上の男が、話をぶった切った。
「綺麗な仕事したいんなら、ちゃんと学校でベンキョーしときゃ良かったんだよ。あれもヤダこれもヤダって、職人にでもなるしかなかったんだろうが」
笑っていた一団に、少しだけ緊張が走った。
「頭が使えない奴は身体を使え。使うとこが違うだけで、みんな動かせるとこ動かしてんだ、バカ」
そう吐き出したあと、年上の男は美優のほうに顔を向けた。
「ごめんね、お姉ちゃん。バカばっかりだから、聞こえないフリしててやって」
自分に気を遣ってくれたのか。振り返った一団が、気まずそうに頭を下げるのを、両手を前に押しとどめた。
自分だってこんなアルバイトをはじめる前は、ショップ店員についてそう思っていたのだ。気が向けば接客をして、あとは棚を整えているだけの気楽な仕事だと思っていた。そして職人さんに関しても、学歴も常識もなくてマトモな仕事に就けない人たちだと思っていて―――
ごめんなさい。バカは私です。何も考えないで小売業に入ってきて、責任者って言われても自覚すらありません。
外の雪は午前中で止んだらしい。昼休みに外に出ると、道路を走る車が増えている。積み上げられた雪は排気ガスで黒く汚れ、レインブーツでも足元が滑る。
コンビニエンスストアに入ると、スナック菓子を籠に入れたリョウがいた。
「みーさん、お昼?」
「あれ、リョウ君は仕事休みじゃないの?」
「おっさんたちは休み。俺らは社長に呼び出されて、雪掻きしてた。駅から来る途中で、緩い坂になってるとこ、あそこで毎年怪我する人がいるからだって。俺ら、関係ないのに」
「地域奉仕?」
「知らない。若いヤツの日当確保だって言ってたけど」
行政から頼まれたのかななんて思いながら、自分の昼食を買って店に戻った。入れ違いに事務所から出ようとする宍倉に、そんな話をしてみる。
「ああ、それは早坂さんの持ち出しだよ。あそこは先代からそうやって、若いヤツに地域作業させて給料出してるんだよね。だから地域の仕事は増えるし、若いヤツは天気が悪くてもそれなりに給料がもらえて、お互いにラッキーみたいな」
ふうんと思いながら、解説を聞いた。
そして若い社員を動員したのであれば、鉄もその中にいたに違いない。防寒服にゴム長靴で、スコップを使っている鉄を思い浮かべた。その姿がリアルに頭の中で像を結び、心臓がひとつ大きく鳴った。
ちょっと待って! それをかっこいいとか思っちゃうんですか、私。