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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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流行商品と定番商品の重点は均等です その5

 買ってもらってお茶までご馳走になったけれど、他に何かあるわけじゃない。映画を見たりするのには中途半端な時間だし、別に一緒に何をしようって言うんじゃない。ただ並んで歩いていたって気詰まりなだけで、大体一緒に何をウィンドウショッピングするって趣味の合い方じゃない。

 夕ご飯まで一緒だと、すっごくデートっぽいんだけどな。そう思いながら、それを提案するのに臆病になる。鉄が美優と同じように思っていれば問題はないが、実は退屈して帰りたがっているかも知れないと想像すると、腰のあたりが冷える気がする。


 お茶を飲み終えた鉄が、背中の筋を伸ばしながら言う。

「さて、帰っか」

 もう帰るのかとがっかりしながら、一緒に立ち上がるしかない。勘定書きを持つ鉄の後ろに従って歩く。

「お茶くらい払う。プレゼントもらっちゃったし」

 レジの前でそう言うと、鉄は出口を指した。

「レジ前で誰が払うとか、ババくさいこと言うなよ。出てて」

 そう言われてしまうと、お礼を言って出るしかない。店を出た後に美優が財布を出しても、きっと鉄は受け取らない。

 てっちゃんの誕生日、忘れないようにしなくちゃ。お花見のお弁当って言ってたけど、他にも何か贈り物を考えよう。四月までなら、あと二ヶ月ある。考えなくちゃ!


 二月の駅は結構寒い。鉄と立っている位置関係が変だなと思っているところに、電車が入って来た。当然ひどい風が吹きつけるはず、だ。

 あ、てっちゃんが風除けに立ってくれてる! すごい、顔に風が来ない!

 些細なことといえば些細なことなのかも知れない。他の人と出かけるときも、鉄は無意識にそうしているのかも知れない。けれど、こんなことをされたら余計に期待してしまう。

 私、てっちゃんのトクベツだって思っていいんだろうか。今日のことも、これからのことも。


「これからちょっと飲むんだけど、みーも来る?」

 電車が動きはじめてから、鉄は今晩の予定を告げた。

「誰と?」

「いつもの奴ら。男ばっかだけど」

 男ばかりの場所に、どんな顔をして出たらいいと言うのだ。何度も会って気の置けないつきあいをしていたって、あまりに敷居が高い。

「ううん、帰る。忙しいのに、こんな時間までごめんね」

「ばあちゃんの付き添いじゃない買い物って久しぶりで、わけわかんなかった。気に入ったのがあって、良かったな」

「あしたから早速使う」

 見上げれば、鉄は満足そうに笑みを浮かべている。それは結構大人の顔で。


 リョウ君に向ける顔だ、これ。庇ってやる対象っていうか、守ってやる対象っていうか、そんな顔。私もリョウ君と同じなの?

「伊佐治に行くと、みーは半分仕事だもんな。今日は仕事以外のみーで、面白かった」

 電車の音が邪魔なので、少しだけ顔が近くなる。長身の鉄が美優の方向に、身体を傾けているのだ。合わせて美優も背伸び気味になる。

「私も面白かった。てっちゃんって、意外に普通だった」

「普通ってなんだよ」

 上手いたとえが見つからなくて、美優は少し考える顔になる。


「だってさ、伊佐治に入らなければ、職人さんなんて知らなかったもん。お父さんもお兄ちゃんも会社員だし、友達だって学生か会社員かフリーターのどれかで、仕事自体が想像つかないっていうか。だから今でも知らない人って感じ」

「家も親父も知ってるじゃん」

「顔は知ってたって、普段何してるのかなんて知らないよ。仕事だけが違うのか、全部違うのか、わからないじゃない」

 この説明で正解なのかどうかなんて、わからない。

「ああ、俺は職人に囲まれてるのが普通だからな。考えてみたらサラリーマン家庭がどんなんだか、想像できないわ」

 鉄は声を上げて笑い、その話はそこで打ち切りになった。


 美優の降りる駅で、鉄は一緒に降りた。冬だから日は落ちているが、時間はまだ早い。

「これから出かけるんじゃないの? まだ早いから、送ってくれなくても大丈夫だよ?」

「女をひとりで帰したら、親父に何言われるかわかんねえ」

 鉄が父親にどこまで張り合うつもりかは知らないが、固辞するのも見当が違う気がする。


 暗い道を歩きながら、鉄は急に言った。

「親父、みー坊って呼ばなくなったろ」

 あまり意識しなかったが、前回確かに美優ちゃんと呼ばれた気がする。

「親父がみーって呼ぶのは、外にいたから。みー坊って呼んでるうちに、なんか申し訳なくなったらしいよ。珍しく仏壇に花飾ってた」

 仏壇に花ってことは、お母さんなのか。

「俺がみーって呼ぶのは、みーだけどな」

 意味深な言葉で、家の前に到着した。


「またな」

 駅までの道を引き返す鉄の後姿を、美優は見送っていた。仕事の顔は重要、だけどプライベートの顔も重要。

 

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