流行商品と定番商品の重点は均等です その3
朝に出社して一番最初にするのは、フロアのチェックだ。乱れた靴の箱や試着したままの形になっている作業服。ハンガーから落ちそうになっている商品を整え、棚からなくなっている商品を補充する。在庫が切れていれば発注書を起こし、埃っぽいなと思えばハタキをかける。
紙仕事としては入荷した商品の納品書をまとめ、当月の予算を睨みつつ次に何を売ろうかと考える。午前便の入荷があれば検品し、その中に客注があったら担当者が留守でも引き取れるように取り置きの伝票をつけて置く。このへんで、午前中が終わる。
昼休みにバラバラ来る客をさばきながら、話し相手が欲しそうな客とは世間話ついでに好みのリサーチを入れ、その間にまた乱れてくるフロアを整える。
走るほど忙しくはない。けれどヒマかと問われれば、否定したいところだ。それでも客の少ない売り場は呑気に見えるらしく、店長の松浦からはときどきイヤミとも受け取れる口調で、もう少し売り場の管理を徹底すれば客が呼べるとか言われちゃうのだ。
言われたって、いちいち反論なんてしない。少々思うところはあるものの、自分にできる範囲で変えていけば良いのだと開き直ることも覚えた。大真面目に考え込むと、売り場を維持するだけでストレスになってしまう。それくらい馴染んだというべきか、それとも気を抜くなと叱られるべきか。
そうやって大きな波風は立たないが比較対象のいない職場で、自分の成長は測りようがない。
階段を降りて帰りの挨拶をしようとすると、カウンターに早坂社長が見えた。
「あ、まだいたね」
その言葉が自分に向けられたのを知り、つい嬉しくなる。ちゃんと店にいつもいると認識してくれてるんだな、なんて思う。
「はい、パス」
何かが放り投げられたのを見て慌てて手を伸ばすと、掌の中に小さな包みが落ちた。チェーンの洋菓子店の、焼き菓子の箱らしい。
「誕生日だったんだって? さっき駅まで出たから、ついで」
「え、てっちゃんが言ったんですか」
「いや、リョウが。六歳も上に見えないって笑ってたから」
「……ときどき、年下扱いされてる気はします。ものっすごく心外です」
ぷくっと膨れた顔をしてみせる。その仕草が余計子供じみて見えることは、自覚済みだ。
「確かにそんな顔してると、リョウより子供みたいだな」
早坂社長がふざけて人差し指を美優の頬に向けたとき、後ろから声が聞こえた。
「あ、社長セクハラ! クロガネさん、社長がみーさんにセクハラしてます!」
「シロウトさんに気安く触んな、スケベオヤジ」
毎度お馴染みのコンビの登場に、ドキドキする。特に後ろ側に立っている方に対して。
「僻むな、ガキが。女の子に避けられないで触るのも、年季がいるんだ」
早坂社長はニヤリと笑って、指を進めた。指先が触れることに嫌悪感を抱くわけでもない美優も、そのままだ。
「やだね、機微もわからんガキは。ね、美優ちゃん」
早坂社長の言わんとする意味は美優にもわからないが、とりあえず鉄とリョウをからかっているらしい。
まだ三人の買い物は時間がかかりそうなので、名残惜しいけれども自分は帰ることにする。
「社長、プレゼントありがとうございます。大切にいただきます」
愛想良く挨拶をすると鉄が首を傾げるので、包みを見せびらかした。
「社長から誕生日プレゼントいただいちゃった。愛されちゃってるから」
鉄が一瞬微妙な顔をする。
「俺と美優ちゃんは、相思相愛だからね」
「ねーっ」
調子を合わせて早坂社長と顔を見合わせていたから、そのときに鉄がどんな顔をしていたかは、知らない。
帰宅して夕飯作りの手伝いをしていると、SNSのメッセを受け取った。手がハンバーグの肉ダネだらけだからと放置すると、立て続けに三回音が鳴る。ようやっとフライパンで焼きはじめてスマートフォンを見れば、鉄だ。
日曜日は郊外型ショッピングモールがいいのか、それとも街に出るのかの確認が一通。何が欲しいのか考えておけってのが一通。それから、返信がないことへの不満が一通。
別に急ぐような内容じゃないし、返信ができないことだってあるのだ。そう思いながら画面を閉じようとすると、もう一通着信した。
『親父から何もらった?』
焼き菓子だと返信し、時間は前日に決めようと提案する。着る物だってこれから検討しなくてはならないのに、天気の予測ができない日に決められない。
てっちゃん、せっかちだよね。