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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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流行商品と定番商品の重点は均等です その2

 在庫を増やせば売り逃しは減っていくが、過剰な在庫は場所も経費も管理の手間も喰う。定番商品だけでは客が飽き、流行ばかりを考えると商品に落ち着きがなくなる。そのへんの兼ね合い割合を決めるのは美優の役目で、それが売り場のイメージを決めるのだ。売り場担当が複数の人間であれば、相談して決めることもできる。けれど伊佐治の作業服担当は、美優だけ。

 腕組みをして売り場を見回し、このフロアに満足しているのかと自分に問う。そんなに深く突き詰めて考えるつもりはないけれど、けして満足じゃない。


 別に一生伊佐治で働く気はない。しかもアルバイトなのだから、売上の伸びが悪かろうが趣味のよろしくないフロアになろうが、一定水準さえ守っていれば知ったことじゃない。

 そんなことは関係ないんだ。一年にもならなくても、ここは私が作ってきた売場だもん。私が作ってきた売場が成果を出せないんなら、それは私じゃなくてもいいんだってことだ。

 これが売り場を仕切るための美優のプライドで、半年前ですら持っていなかったものだ。


 それでもまだ『まったくの素人じゃない』程度の知識なのだ。どんな職業の人が何を着ているのか。合成皮革の手袋を使う人と天然皮革の手袋を使う人は、どう違うのか。靴底の白いものを求める人がいるのは何故なのか、細かいことを言い出せば覚えるべきことは山のようにあり、しかも覚えているだけじゃ意味がない。

 たかが作業服、されど作業服。底は見えない。



 定時に売り場に人がいないのを確認し、急いで店を出る。自転車の上でコーディネートを組み立て、帰宅後慌ててメイクを直せば、待ち合わせ場所に出発する時間になる。平日の夜に遊びに出るって、けっこうハードだ。大層に飲酒するわけでもないが、自転車ではいけない。


 駅に向かう道の途中で、現場作業員の集団を見た。ドカジャンに超超ロング八分のお兄ちゃんたちは、確かに威圧的に見える気がする。その中に知っている顔がないかと探しても、店の外で伊佐治の店員顔したいんじゃない。

 本当はあの中に、てっちゃんがいるといい。それでさ、今日お誕生日だからって私が言ったら、俺も明日祝ってやるなんて言ったりしてね。

 自分から誕生日を祝って欲しいと要求するほど、まだ近くなった気にはなれない。自分から距離を詰めれば、何か変わるだろうか。どうやって詰める?


 そうして始まった友達との食事で、テーブルの上をスマートフォンで撮影している人がいる。つられて美優も写真を撮り、なんとなくSNSのタイムラインに流した。お誕生日祝いに集まってもらってます、みたいなコメントをつけて。普段からスマートフォンで遊ぶのは普通のことだし、情報を制限していれば怖いものじゃない。

 わいわいとお喋りを楽しんで、そんなに高価じゃなくとも嬉しいプレゼントを贈ってもらう。カップルで祝うんじゃなくても、これはこれで幸福だ。


 店側にお願いしていたケーキが席に届いたとき、美優のスマートフォンがメッセを受信した。アルコールで少々気分をハイにしながら、画面を確認する。

『誕生日だったの?』

 見慣れたオレンジ頭のアイコンに、胸が高鳴った。タイムラインは制限を掛けていないから、繋がっている人全員が確認できる。鉄もその中のひとりだ。

『そうだよ。お祝いしてもらってる』

『おめでと。俺も今度、おごるわ』

 友達と一緒なのだから、普段ならそこでメッセは途切れるものだ。けれど今日は、アルコールの助けがある。チャンスだよ、と美優の中が囁く。


『誕生日プレゼント、ちょうだい』

 マジで返信が来たら、冗談にできるギリギリのラインのはずだ。何故俺がと突っ込まれたら、私とてっちゃんの仲じゃないかと笑える。コンビニエンスストアのチョコレートを希望して、イヤだと断られればケチと返信しよう。いつもなら間髪入れずに来る返信が来ないので、ヘマしたかなと心配になったころ着信音が鳴った。

『日曜日、欲しいもん買ってやるよ』

 画面を見て固まったところで、友達に覗き込まれて慌てて胸に隠す。買ってやるって、もしかしたら一緒に出掛けて選ばせてやるってこと?

「さっきからスマホばっかり気にして。彼氏が迎えに来るとか言うんじゃないでしょうね?」

「言わないよ。このあとカラオケとかって言ってなかったっけ?」

 友達に返事しながら、まだ心臓がドキドキする。中途半端なやりとりのメッセは、まだ確約じゃない。


 二次会のカラオケで騒ぐだけ騒いで、帰り道歩きながらスマートフォンの画面を表示させた。着信音に気がつかなかったけれど、もうひとつメッセージが残っていた。

『午前中はばあちゃんのお供だから、午後からでいい?』

 今まで二人で外出したことがないわけじゃない。仕事帰りに夕食に連れて行かれたり、お茶を飲みに行くこともある。スノーボードのお土産だって、わざわざ渡すために出てきてくれてた。

 でも、こんな風に前もって約束して一緒に出掛けたことなんて、ない。普段との僅かな違いに緊張して、淡い酔いが醒める。

 日曜日、どんな顔をしてたらいいんだろう。

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