展示会では買い付けもします 4
夕方の伊佐治の二階に、賑やか声が来た。
「誕生日の翌日に免許取った!」
嬉しそうにヘルメットを抱えたリョウが、手袋を買いに来たのだ。
「あ、私も来週誕生日。近いね」
一月も終わり近く、二月一週目の美優の誕生日は、例年通り友人一同が夕食に連れ出してくれるはずだ。女の子だらけだって、寂しくなんかないんだからね!
「じゃ、クロガネさんにプレゼントって言わなきゃね」
「催促なんて浅ましいこと、できませーん。大体、そんな間柄じゃないし」
「……そう? そんな間柄に見えるけど?」
そんな間柄でなんか、ないのだ。確かに友達の中のひとりとしても連絡を取る回数は多いし、一緒に夕食に出たりもしている。けれど、それだけ。
「十六のオツキアイと二十歳過ぎたオツキアイは違うのー。ごはん食べただけでカレカノじゃないよ」
そんなことを言う美優自身、どこからが線引きされるのかは知らない。
「だってさぁ、好きじゃなくたって、やっちゃうヤツっているじゃん? 女ってそれで記念とか絆とかって言うけど、違うよな」
話の流れにギョッとして、思わずリョウの顔を見る。
「彼女と何かあった?」
リョウは確か、同じ年齢の恋人がいたはずだ。お祭りのときに一緒にいた。
「別れた。大事にして大事にしてって言うからチューまでで我慢してたのに、好きなら奪って欲しかったとか言って他の男とやっちゃうの、アリ? しかも相手の男、俺のこと中卒野郎がキモいとかって広げてて」
「広げるって、どこで」
「身内ってSNSで繋がってんじゃん。ガッコーキライでバカなのは本当だけど、ニートしてるわけじゃねえし親に金渡してるし、彼女サンも社会人なんてカッコイイって言ってくれてたのにさ。今じゃドカタなんて一生底辺とか平気で流してさ、彼氏とお泊りとかってコメント出すんだぜ。信じらんねえ」
愚痴っぽく言っているが、リョウの顔はけして暗くない。夏から冬までの間のどのタイミングかは測れないが、その期間に失恋から立ち直りまで済ませたのだろう。
「俺とまだ切れてないのに、男とカラダまで固く結ばれましたとかってさ、俺のアカウントブロックしたって身内バレしてるし。バカはどっちだっていう」
そう言ったあとに、リョウはへらっと笑った。
「バンバン資格とって稼いで、あいつら見返すんだ。職人は学歴じゃなくって腕だって、社長もクロガネさんも言う。バカにバカって言われても痛くも痒くもねえって、クロガネさんが言ってた。俺があいつらより利口になりゃいいんだろ」
ああ、この子は頭が良いのだと、美優は改めて思う。特にティーンネイジャーのうちは他人の価値観に流されてしまう人間は多く、美優もご多聞に漏れない。夏祭りで顔を見た娘は、とても普通の娘に見えた。恋人の生業を貶める人間が周囲に何人もいれば、いつの間にか同調してしまう程度に。
そんな声が聞こえているにも関わらず、リョウの芯は揺らいでいない。自暴自棄になったり流されたりしていない。年下だからといって、侮ってはいけない。
「リョウ君、かっこいい」
つい、声に出た。
「かっこよくないよ、今はペーペーの底辺だし」
照れた顔のリョウが首を振るのは可愛らしい。ちょっと頭でも撫でてみたくなる。出来の良い弟分がいるみたいだ。
客が入ってきて会話は打ち切りになり、偉そうに滔々と他の店の品揃えと比較する言葉を、うんざりしながら聞く。お客様は神様じゃなくて、商品と同等の価値の貨幣を引き換えにする取引だと理解しない人は多く、女の店員じゃ話にならないと舌打ちする人も少なくない。
他人への接し方はいろいろなタイプがいて、考え方も人それぞれだ。通りすがりの人生には無関係な人間だからこそ、小売店の店員には繕った自分を見せたりしない。
陳列されてるわけじゃないけど、いろいろなパターンの人間を知ることができる。展示品は向こうからやって来るのだ。
「おねえちゃん、ありがとうね。また来るね」
売り場を案内しただけで頭を下げる人がいる。
「サイズ揃ってなくて、クソみたいな店だよな」
悪態を吐く人もいる。
「上がり時間だろ? 乗せてってやるよ」
不意に売り場に顔を出した鉄に、思わず赤面してから頷く。そんな間柄に見えるのかなあ。普段から一緒にいるリョウ君から見ても、そう見えるのか。
車に自転車を積み込んでもらい、確かにコーヒーが美味しかった『ユカの紹介してくれた店』に行くだけ。懸念していたユカちゃんは、売出しのときに一緒にいたイケメンさんと夫婦らしい。ふたりで会社を立ち上げるのだと、作業服を引き渡したときに言っていた。早坂をよろしくね、と笑ったユカに、曖昧な返事をしたばかりだ。
数日後の小さいメーカーの合同展示会には、ひとりで赴いた。熱田と日程調整ができなかったので、相談相手はメーカーの担当営業だけだ。一度経験したのだから、今度はひとりでも大丈夫。
とびっきりかっこいい作業服、売り場に用意するから。