展示会では買い付けもします 2
入ってからずっと気になって仕方のないものの前に、やっと到着した。商品としてどうか云々ではなくて、きっぱり異質だからだ。
「何故こんなところに、タフィちゃんが」
口には出さなくとも、熱田も同じだったらしい。海外でも人気の高い、ファンシーなウサギのキャラクターがプリントされているカットソーが、何色も並んでいる。よくよく見れば、その可愛らしいウサギはハンマーを持っていたり鳶服を着たりしていて、バックプリントには『HAPPY TOFFEE by辰喜知』とか入っている。
「コラボ商品を開発しまして。どうせなら男臭いブランドの辰喜知に、思いっきり可愛いものをマッチさせようってことで」
営業も説明しながら首を傾げている。企画した人間はノリノリだけど、売る方から見れば危惧するものなのかも知れない。
「展示会限定発注なので、すぐ決めていただかないとならないんです。申し訳ありませんが、後日の発注は受けられないんですよ。アソートで三十枚のセット受注になります」
「勝負だねえ」
熱田も首を傾げる中、美優には少しだけ確信がある。
「伊佐治二号店、それ注文します。MとLとLL、各一セットください」
驚いた顔で、熱田が振り向いた。
美優が一番最初に思い浮かべたのは、量販店の下着売り場だ。メンズのトランクスにプリントされたタフィちゃんを見て、笑った記憶がある。その他にもドラッグストアに積まれたサンダルで見かけ、菓子の袋で見かけ、果ては兄のスマートフォンのケースで見た。ファンシーなキャラクターを買う男は、いるのだ。
「大丈夫、売ります。Mサイズなら女の子も着るし、五月入荷なら季節的にもTシャツが欲しいと思う」
「ライセンスの問題で、ちょっと値が張りますが」
ここでふと、松浦の言葉が浮かぶ。この場でしか注文できないものなら、売れれば正義の御旗を掲げてしまえ。頭の中で計算して、小物に十万以上の仕入れかと冷や汗をかくが、後悔するよりいい。
「美優ちゃん、チャレンジャーだね」
熱田に笑顔を返し、受注を締めてもらう。勝負をかけるなら、展示会に呼ばれていないワークショップと差別化できるほうがいい。少なくとも、ワーカーズに限定品は入らない。
足を運んだお礼にと、土産を渡された。会場を借りて資料を作り、更に手土産を渡しても、企業に利益のあるイベントなのだろう。美優も時給をもらって息抜きした気分だが、店に戻れば当然報告書を書かねばならないので、熱田と途中駅で別れてから昼食がてらファーストフード店に入って、もう一度資料を見直した。
もう生地の感触なんて、忘れちゃってる。形は写真で思い出せるけど、どれがどんな質感だったかなんて、全然わかんない。
モノを見て決めるっていうのは、さながらショップでの買い物だ。カタログを眺めて決めるのなら、それはカタログ通販みたいなもの。自分のための物か自分が販売するための物かの違いで、そして自分の財布か会社の経費かの違いで、やることは変わらない。どちらにしろ扱う人間の好みは反映されるし、予算も青天井じゃない。結構な金額の発注をした気がするから、それが入ってくるタイミングに合わせて、デイリーに動く商品の在庫を増やしつつ予算を調整しなくては。
私、結構面白い仕事してるんじゃない? 商品の動きを先読みするって、知識も必要だけど直感もあるような気がする。あとは好みの問題だもの、私が突拍子もないセンスの持ち主でなければ、気に入って仕入れたものを同じように気に入る人がいる。
泥縄でも泥縄なりに、客を捕えてきたと思う。その証拠に、売上は右肩上がりだ。足りなかった商品を揃えただけで売り場の信用度は上がった。そろそろ熱田の売り場のように、整えて個性を出すことを考えたっていい。アルバイトが仕事に楽しみや喜びを見つけても、いいじゃないか。
面白がってスマートフォンに収めて来た会場の様子を、もう一度見直した。ディスプレーも少々参考にできるかも知れない。鳶服と企業用の作業服の他に、カジュアルを主体にしたタウンユースを睨んだコーナーを作ると面白いかも。美優の好みはそちらに強く出るから、そこから少しずつ好みを発信していけば売り場全体の雰囲気が変わる。カタログを見て色や形を想像するより、はるかに強いワクワク感が湧いてくる。
他のメーカーの展示会は、どんな感じなのだろう。二週間後の日付の招待状が来ていた。確か同じ会場で、何社か合同だったはずだ。メインに扱うブランドではないから行かないつもりでいたのだけれど、もしかしたら展示会限定や新商品が目白押しであるかも。
よし、店に帰って報告書を書こう。それで、他のメーカーの展示会にも行くって言おう。目で見ないとわからないものが、まだたくさんあるはず。自分で決められるなら、気に入ったものを仕入れよう。