展示会では買い付けもします 1
売出しの整理も終わり一段落すると、一号店の熱田から連絡があった。
「辰喜知の展示会、一緒に行こうか」
「え、いつですか?」
行きたければ行ってもいいよと、招待状を渡されてはいた。行きたければって言葉が微妙で、行って来いという命令でもなければ行くなという否定でもない。美優の意思に託した形で、店側の意向がまったく示されない。行きたいならと言われても、展示会に行くことで新モデルを確認するだけなら、カタログも届くのだし営業がサンプルを持って訪れるだろうし、外出するチャンスって意識だけだ。寒い時期なのだから、しかも駅から遠い店なのだから、非常に億劫である。
「先行発注もその場で受け付けてくれるし、カタログだけじゃ生地の質感とかわからないでしょ」
「そうですねえ。一回くらい行ってみようかな」
「行こうよ、結構面白いから」
せっかく誘ってもらったのだからと、店長の承諾を受けて出かけることにした。電車に乗ってる時間も時給の内なんて、お得。
微妙に路線の違う熱田と乗換駅で待ち合わせ、降り立ったのは問屋街だ。目についたのはまず、服飾部品の卸問屋。ビーズや皮やリボンの部材が並び、業者じゃなさそうな人が店に入っていく。『個人購入できます』なんて札が入り口に掛けられているから、手芸材料をまとめ買いする人が多いのかも知れない。ふらふら覗きたくなるが、同行者がいるので我慢しておく。他のメーカーの展示会の知らせも来ていたので、次の機会に寄ろうと楽しみにすることになる。たまには店の中だけじゃなくて、外出もいい。
華やかで今風の服が店頭に並べられ、安価いと目を瞠れば、そこは大抵個人お断りの卸し店だ。普段ショッピングモールで売っている商品の原価を見てしまうと、店頭価格がとんでもなく暴利な気がするが、そこまでの流通経路を考えればどこかで莫大な利益を取っているわけでもない。台風で野菜が値上がりしたからって、スーパーマーケットにクレームは入れない。円安で海外の縫製が値上がりすれば、アパレルも値上がりするんである。(だから店頭で、おまえの店が儲けるために値上げしたんだなどと、悪態をついてはいけません)小さいけれど、これも流通の勉強のうちだ。
キョロキョロしながら会場に到着して社名と名前を記帳すると、奥から辰喜知の担当者が顔を出した。熱田の名前がすぐ出るのに、美優は二号店の……で濁されるのが悔しい。数か月に一度の訪問で面識はあっても、メーカーを相手に売れ筋商品を聞きだす手腕はまだないから、新商品の説明を受けてそれっきりだった。印象が薄いのは道理である。
「今日は若い女の子と一緒だから、詳しーく説明してもらおうかな。新商品だけじゃなくって、全部ね」
熱田のリードで、端から見せてもらうことになる。美優の売り場に並んでいるものも含めて、コーディネイトが全品同じブランドなのは当然だ。カタログでは見ていたけれど、本当に下着やタオル、バッグまで一式揃う。作業服ブランドの下着なんて、買って喜ぶのだろうか。
「これ、売れるんですか」
不躾に疑問を口にしてみる。
「売れるよ」
「売れますよ」
熱田と担当者が、同時に返事した。
「作業着っていってもブランドに固定ファンはいるから、身に着けるもののイメージを統一したいわけです。電車で現場に行けば帰りは着替える人もいるから、バッグもあれば重宝だしね。作業服とタオルでコーディネートもできますよ」
タオルまでファッションポイントになるとは、知らなかった。たとえばスポーツジムに行くとき、洒落たタオルを持ちたいなんていうのと同じノリなんだろうか。
端から順に見せてもらい、ニューモデルの特徴を聞く。ストレッチ素材であるとか織りに工夫があって裂けにくいとか、見ただけでは覚えきれない。販売のポイントのパンフレットをもらい、読みながら確認した。
「うん、これ入れよう。生産次第で出してもらえる?」
ひとつのモデルの前で、熱田が立ち止まった。担当営業が嬉しそうに受注書を開き、記入する。美優は驚いて、その様子を眺めた。
「今発注しちゃって、いいんですか?」
ペンを動かしている担当者の代わりに、熱田が返事した。
「帰ってカタログ見たって、忘れちゃってるもの。現物を確認したんだから、ここで注文しちゃう。せっかくの展示会だから、今日受注できれば担当さんの実績にもなるの。美優ちゃんも決めていいんだよ。発注書の控えはもらえるから、春の予算はそれを組み込んで計画すればいいでしょ?」
「そんなこと、できるんだ……」
カタログを睨んで素材感を想像しながら発注するより、確かにこちらの方が確実だ。その日に頼めるとなると、見る目も変わってくる。つまり、よりリアルに。
「あ、これ可愛い」
ミリタリー調の綿の作業服には、ワッフル織りのカットソーが組み合わせてある。大工さんじゃなくて、カーペンターと呼びたい感じだ。
「最近は職人さんのスタイルも多様化してますから、そういう人も増えましたよ。何枚か飾ってもらって、売れるようならサイズを増やしていただければ」
職人って言葉で、鉄の顔を思い浮かべてしまうのは悔しい気もする。けれども実は、マネキンの顔を鉄に挿げ替えて想像してしまったのだ。
こういうハード系、似合いそうだよね。着てくれないかな。
「えっと、発注して良いですか。あとね、そっちのニットのシャツも気になるんですけど」
こうして初展示会の初発注だ。