結果が出るのは当日とは限りません 5
翌日に入り始めた商品を整えて、揃った順に客に連絡する。三時休憩を狙うか仕事が終わった頃連絡するか、平日の携帯電話は意外に繋がらない。複数枚の場合は紐で括って所定の置き場に置かないと、美優の勤務時間外に引き取りに来た客に渡せない。すなわち客注は確実な売上に繋がる分、電話による接客と紙仕事のセットだ。一日で入荷する商品ばかりではないし、連絡した当日に客が取りに来るとは限らない。けれどそれの売上見込みだけでも、普段と違う数にワクワクする。
最後の便で辰喜知が入荷し、鉄のSNSに報告した。即座に既読のマークがつかないのは、運転中なのだろうか。
定時近くになって帰り仕度をしようとすると、売り場に数人の客が入ってきた。
「おお、まだあった。良かった、売れてなくて」
「俺も何か買おうかな。ちょっと見てくる」
そんな会話を聞いてしまっては、売り場を離れることがためらわれる。サイズが無いから買わないって客でも、そこに店員がいれば気軽に次の入荷なんかを質問するのだ。尤もらしく数日後の日付を答えておけば、タイミングを合わせて買いに来る。
「お姉さん、これは出てるだけ?」
「来週入荷しますよ。色はこれとこれ」
「じゃ、入ったころに来る。着てみないとわかんないしなぁ」
これだけの会話で客を呼べるのだから、逃す手はない。売れるかどうか疑問な商品なら、はじめから入荷すると言わなければ良いだけの話。それでも欲しい人は取り寄せを希望するだろうし、複数の客が見ている商品ならば数を増やして注文しても大丈夫。
これは商売慣れしたってことだろうか。それとも小賢しくなったかな?
客が切れたのを見計らって、上着を羽織る。まだ工業団地は動いているので、真っ暗にはならない。寒い中自転車で帰るの、いやだな。こんな時にお迎え彼氏が来てくれるといいのにな。そんなことを考えながら店を出ると、目の前をトラックが通り抜けた。見覚えのある早坂興業のロゴだ。
運転手の顔、見なかった。てっちゃんが乗ってたのかなあ。さっきの返事はまだ来てないし、注文したものはいつ取りに来るの? 今日じゃなくて、私がいる時間に来てくれるように言っておけば良かった。なんだか損した気分だ。
てっちゃんに会うために出勤してるんじゃないよ。
寝るような時間になってから、鉄のメッセが入った。帰って入浴したら眠ってしまって、今確認したという。寒いと身体が強張るから、入浴した途端にほぐれて眠くなるっていうのは理解できる。
今やっとメシ食ってる。風で乾燥して、顔も手もボロボロ。
今日みたいに風のある日に寒い中でお仕事して、おなか空いてるよりも疲れの方が上回っちゃうなんて。私たちが住んでるマンションも楽しくお買い物してるファッションビルも、たくさんの職人さんたちが手を掛けて作っている。乱暴そうだとかホワイトカラーじゃないのは努力が足りなかったのだろうとか、本当に失礼な思い込みだった。少なくとも私がこれまで知り合った職人さんたちは、全部そうじゃなかった。
鉄とメッセをやりとりしながら合間につらつらとそう考え、気がついたらスマートフォンを握ったまま寝ていた。
なんかね、夢にてっちゃんが出てきた気がする。嬉しい夢だったのかも知れない。だって朝から調子良いもん。
店頭に出している防風ネックウォーマーと防風手袋は、思っていたより優秀だ。優秀さに思わず愛用してはいるが、色気も素っ気もない。ニット帽を思い切り引下げ、口許をネックウォーマーで覆って自転車を走らせる。オシャレは気合だと知ってはいても、寒さにあっさり負けた。
幅の広い国道は、トラックが何台も走っていく。別に早坂興業の車を見つけたわけじゃないが、この中の何台もに積み込まれた資材とそれを運び組み立てる職人さんたちに、挨拶したくなる。
みなさま、寒い中をお疲れさまです。私も少しでも快適な商品を案内できるように、もうちょっと勉強します。
タイムカードを打刻して自分のレターケースをチェックすると、数枚のメモが入っていた。サンプルの取り寄せと客注と。
「なんか多くありません?」
「美優ちゃん、売出しでカタログをいっぱい渡したでしょ? それ見て、現物見せろって電話が来たよ」
「昨日コンプレッサー引渡しのお客さんが、二階チェックしてサイズないって騒いでた」
「朝来た人がね、売出しのときにあったかそうなジャンパー見たって言って」
売出し当日に注文すれば良いのに、安価くなってはいないのだから次で良いとばかりに帰宅して、やっぱり欲しくなって連絡してきたのだろう。普段から使っている店だから、短期間で何度も来店するのは苦にならないらしい。
「あれ? これ、三枚?」
「字ぃ汚くてごめん。十三枚ね。サイズは裏に書いた」
売り場だけチェックしていった、見ただけじゃ金にならないと思っていた客が、実は後から重要になってくる。美優の売出しの結果は、月計算を集計しないとわからない。