結果が出るのは当日とは限りません 4
売出しの翌日は、一息なんてつけない。朝早くからPOP類を取り払ってくれた早番の従業員たちに感謝しつつ、売り場を通常レイアウトに戻して少なくなった商品の補充をしなくてはならない。疲れてるから翌日お休みーってわけにはいかないのである。
注文を受けた商品は、最短で客に渡せることが望ましい。売り場を戻すのは後回しにして、美優はカウンターに貼りついている。客注だけで最低発注金額に満たないものは、売場を見回して適当数の在庫分をプラスして発注書を記入していく。あと三百円なんて呟きながら、シャツを一枚余分に発注したりする。売出しの来客数であったため客注もいつもより遙かに多いが、企業採用ではないので一件当たりの金額は低い。
昼過ぎに前日の集計が出たらしく、客がいない時間を見計らって手の空いたものだけと昼礼が行われた。担当ごとの売上金額を読み上げられ、電動工具類の金額にびっくりする。一日で二千万近く売るって、どういう計算なんですか。
「作業服、三十八万四千円」
他の売り場と桁が違い過ぎる。頑張ったのに役に立ってないんだなー、なんて思わず下を向く。
「これは伝票を通った金額だから、商品の受け渡しは今日からです。入荷したら速やかに客先に連絡してください」
そんな言葉で締めくくられ、しょげたところで珍しく松浦からフォローが入った。
「二階は前年比で三百パーセントだから、担当者を置いているだけの売上はあったってこと。階下は伝票商売だから商品がなくても先に売り上げちゃってるけど、二階の昨日の客注は計算に入ってないから月トータルで考えないと一概に言えないよね」
だからって言ったって、作業服自体の単価は安価い。本日発注した金額を考えたって、せいぜいプラス十万ってところだ。
「次回、要対策ってことですよね」
「二階の商品と階下の商品は、同じにならないよ。利益率だけならアパレルは機械の倍以上あるの。その辺も覚えたほうがいいね」
「え? 機械ってそんなに利益率低いんですか?」
小人数だから、昼礼の最中でも質問できてしまう。
「六百円で仕入れたシャツは千円で売れても、六十万で仕入れた機械を百万では売れないでしょ。それぞれの適正な価格はあるからね、余裕があるときに他の商品のマスターも見てみるといいよ」
わずか半年前に聞いても、店長のこの言葉は理解できなかったろう。でも今なら理解できる。商品によって掛け率は違う、そして自分は作業服専門店の店員ではなくて伊佐治の従業員なのだ。
「はい、ときどき階下の商品も見に行きます」
「どこに何があるのかざっくりでも把握しとくと、何か聞かれたときに楽だしね」
一階にいるときにうっかり客に売り場を訊ねられ、慌ててレジに助けを求める美優である。少々耳は痛い。
「まあ、慌てなくていいけど」
あ、今、まだこの店にいていいんだ、役に立ってるんだって認めてもらったような気がする。慌てなくていいってことは、じっくり覚える時間があるってことだ。
流されて続いてきたような仕事が、認められるようなものになりつつある。そんなことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。もう新人とかアルバイトだからなんて括りじゃなくて、戦力だって言われてる!
張り切って売り場に戻れば、売出しのレイアウトになったままのフロアだ。可動式の什器をガタガタ動かし、補充できる在庫を補充し始める。前日の足の疲れはまだ残っているが、普段通りの呑気な(客の少ない)売り場なので気は楽だ。翌日に商品が入って来はじめれば、開梱・品出し・客注の入力と連絡が待っているのだから、先に片付くものは片付けてしまわなくてはならない。
商品の補充をはじめると、意外なものが減っていることに気がつく。普段はあまり動かないショートの靴下や、売れないなと思いながらずっとフックに下がっていた高価な鹿革の手袋が動いている。普段とは違う客が二階を見に来たってことだ。
今回購入したのは微々たる商品かも知れないが、その客たちが売り場を覗いてどう思ったのか知りたい。次に必要なものがあったとき、伊佐治に置いてあったと思い出してもらえば、足を棒にした甲斐がある。伊佐治の作業服売場は、そんな風に思い出してもらえるだけの整い方をしているだろうか?
慌てて売り場を見回し、今の自分には精一杯だと落胆しつつ満足する。本当はたくさんのモデルの色もサイズも揃えた作業服を置きたいし、ホームセンターで見るようなバッグ類も置きたい。でも現在の売上に対する仕入れでここまでできたことは、満足だ。売出しは去年の三倍以上、通常の売上だって倍にはなっている。
ヨタヨタで、わけわかんなくて、だけど売出しだって自分で考えて用意できたんだから。疲れてるけど、今日だって売り場に穴開けてない。楽しようとなんて、してないよ。
そう考えながらも正直なところでは、定時きっかりにタイムカードを打って、のんびり風呂に入って早寝しようと決める。作業服と伊佐治に青春を捧げる気は、まったくない。