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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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結果が出るのは当日とは限りません 2

 午前中は熱田に助けられて、客がいなくなるたびに一緒に声を出してもらったり、見るだけのつもりだった客に話しかけたりできた。昼休みをとってくれと言われ、休憩室で仕出しの弁当を食べ終わって売り場に戻ると、熱田は交代のように自分の職場へ戻っていく。午後から夜までの長丁場、美優は売り場にひとりだ。一度度胸づけしてしまったから、呼び込むために声を出すのは平気だ。ただ、客が欲しいと思っていないものを積極的にアピールする力はない。

 熱田の売り場ではないのだから、熱田と同じ販売方法でなくとも良いのだ。店員から話しかけられるのを嫌う人も多いし、売り場を全部チェックしなくては気が済まない客もいる。美優がそれに気づくのは、もっと後のことになるが。


 階下の客も落ち着き限定激安商品がすべて捌けたころ、今度は目当てがあるわけでもなく値引きされている商品は何かないかと覗きに来る客が訪れる。半分ヒヤカシ暇潰しの類だが、店の目的はこちらのほうにある。目玉商品はメーカーにも無理をさせ、販売するほうも利が薄い。通常の商品を少々の値引きで販売し、店の品揃えのピーアールと売上増加が一度にできるチャンスだ。実は美優の扱う商品もそちらの客狙いだが、売出し未経験の美優にそれを言われたら、却って混乱したろう。知らないことが幸いな場合もある。


 呼び込みしなくても客が入って来るなー、なんてちょっと充実して接客をする。割引した商品の売れ行きはイマイチだが、もともと半端な作業服なのだから仕方ない。揃えて置いた防寒インナーも、ちゃんと説明を乞う人が出てくる。やっと売出しらしい仕事だ。

「美優ちゃん、来たよ」

 女の声に振り向くと、初詣のときに甘酒を配っていたユカだ。

「本当に来てくれたの? 嬉しい!」

「早坂がスノボで着てたインナー、良さそうだったもん。あれ着たら、寒い思いしなくて良さそう」

 スノーボードには、ユカちゃんも一緒に行ったのか。そういえば、てっちゃんとは高校から一緒だって言ってた。この前コーヒー飲みに行ったときも、ユカがとか言ってた気がする。ちょっと待って、まさかの?


「おい、ユカ。ここ、結構種類あるじゃないか」

 後ろからの男の声に振り向くと、ユカは嬉しそうな顔をした。

「じゃ、新しいの作る?」

 ユカの視線の先にいるのは、少々ワイルドなイケメンさんだ。早坂興業の社員みたいにゴツゴツして日焼けしているわけじゃないが、ネクタイを締める人じゃない。けれどフラフラ遊んでいる人とも絶対に違う。職人さんなのだなと一目で判別してしまう。

「新しいのったって、おまえのサイズないだろうが」

「いいよ、一番小さいヤツでベルト締めるから」

 会話の内容で、ユニフォームの相談をしているのだと聞き耳を立てる。鉄との関係はひとまずお預け、売出しで実績を作るチャンス!

「作業服、揃えるの?」

 つい、口を出した。


「今まで買ってたとこより、こっちのほうが種類多い! カタログで選んでも生地の感じとかわかんないけど、見たいって言えば取り寄せてもらえる?」

「もちろんもちろん、試着しないとわからないもの。辰喜知も今年は、レディースライン出したよ。カタログ見せるね」

 いそいそと何冊かカタログを取り出している間に、ユカは当初の目的のインナーを籠に入れている。連れの男性にも勧めてくれているようで、彼が最初に持っていたネックウォーマーと一緒に、籠には複数の商品が入っている。やはり売り場をウロウロしていた客がそれを見て籠を持ち出し、靴下ひと包みだけを入れながら棚を物色しはじめる。たくさん買う人がいる、イコール買うべき商品が揃っていると判断するらしい。良いサクラになってくれている。


 カタログでモデルを選び、入荷したら連絡すると頭を下げると、次の客が並んだ。やはり取り寄せ依頼で、売出しで注文するのだから値引きしろと言う。

「じゃ、連絡してね。待ってる」

 ユカはそう言って去って行き、次の客に少々値引きするなんて言ってると、他の客も安くしてくれるんなら注文するなんて言い出す。美優に値引きの権限は与えられてはいないが、常識の範囲内の交渉ならばと指示はされている。

「え、俺はここにあるの買うから、安くしてよ」

「レジで伺いますから、値引きしろって言ってくださいな、宍倉がサービスしますよ」

 そう客に返事して、階下のレジに客を投げてしまう。ひとりの売り場で何人も相手にできない。


 やだ、急に忙しくなっちゃった。一階の混雑と比例してないよね。なんで? 答えは簡単、金額が違うから。電動工具の目玉商品は美優の売り場の目玉商品と二ケタ違うのだから、買い手も必死なのである。着るものに気を遣うのは余裕の産物だから、同じ工具店の中とはいっても客の動きは違う。

 大幅値下げした作業服は、数枚しか動いていない。けれど揃えたインナーは枚数が必要なものだし、階下で値の張る買い物を決めて気の大きくなった客が、普段よりも財布の紐を緩めているのだ。予算を考えながらの仕入れで、サイズの揃いきらない自分の売り場が情けない。

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