わからないときは、質問しましょう その4
カタログに付箋紙を何枚か貼ったところで、初体験が降ってきた。
「新しいお姉ちゃんだな。作業着、取り寄せてくれよ」
男は自分の古くなった作業着を差し出すが、ラベルはもう薄くなってしまっている。
「ごめんなさい、少々お待ちください!」
慌てて階段を駆け下り、店長を呼んだ。頭の中は、すでに半分パニックだ。会社が揃えて作るものなのに、何故個人的に取り寄せてくれと言われるんだろう。まず、そこからが疑問だ。
「注文でしょ?受ければいいじゃない」
「その内容がわからないんですっ!」
億劫がる店長の変わりに、レジの宍倉が一緒に二階に上がってくれた。
「まいどー。西澤さんのとこの作業着って、どこのでしたっけ?ちょっと待ってねー」
POSをポンポンと打ち、宍倉がデータを引き出す。
「美優ちゃん、アイザックのカタログ出して。それのね、この品番。名入れ刺繍しますよね?糸は何色でしたっけ」
やりとりする宍倉の隣で、美優はボールペンと発注書を構える。カタログを横目に品番と色番とサイズを確認するだけで、精一杯だ。
「なんだ、お姉ちゃんはただのお店番か?」
客が美優の手元を覗く。
「何日か前に入ったばっかりなんですよ。まだメーカーの名前も覚えてないから、西澤さんも教えてやってくださいよ」
「ふーん。宍倉さんに頼んだほうが早かったのか」
「いやいや、俺は今日は助っ人。担当者はこの子なんだから、次もこの子にお願いしますね」
美優が何もできないうちに、客は注文を終えて帰っていった。白い五本指靴下を入れて置いてくれと言い添えながら。
ありがとうございましたと客を見送った宍倉は、POSの古い売り上げデータの検索の仕方を教え、それからメーカーへの発注方法を教えた。
「えっとね、アイザックさんは最低発注金額が二万だったから、作業着二枚くらいじゃ届かないよね。他に在庫するものも合わせて取って、調整すればいいんじゃない?」
「在庫するものって、何でしょう?」
宍倉は店長より、少々親切なようだ。
「売り場がスカスカだから、多分いろいろなものがあると思うよ。さっき靴下って言ってたから、靴下とかインナーとか。午後からあっちゃんが来るんなら、カタログ見て決めればいいよ。で、入荷したら刺繍屋さんに出して、名前入れてもらう」
「刺繍屋さんに、どうやって何を」
「メインPCの中の共有フォルダ、ここにね、過去の刺繍の写真をエクセルに纏めてる……っていっても、ここ一年は誰も管理してないから、去年から来たお客さんのはないけど。これをプリントして、店長が外出するときに持ってってもらうの」
写真だけで依頼するのか……ってことより、もっと大きな疑問がひとつ。
「一枚とか二枚とかで、あんな風に会社名入れたりするんですか?」
これに対して、宍倉は大きな声で笑った。
「会社って、ひとりでやっても会社でしょ。ここに来る客は、そんなのの方が多いんだよ。企業とかって形じゃなくて、社長兼社員」
ひとりしかいない会社ならば、別に名前なんて胸に付けなくたって構わないじゃないかと思うのだが、そういうものでもないらしい。
午後から来た熱田に、発注最低金額を満たしたいのだと相談すると、話は簡単だった。
「アイザックさんって、もともと靴の得意な会社だから、そこから安全靴選ぶといいよ。辰喜知さんは辰喜知さんで固定ファンがいるから、そこからも一ライン揃えて。この売り場ってね、一番金額が動くのは安全靴なの。服よりもそこに目をつけたの、正解」
その後に売れ線の手袋とやらも教えてもらい、一度目の発注書を書く。
「明後日にはそれが届くから、一日やることができたね」