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6分半劇場:異世界ファンタジー失格

作者: やぎっち

 剣士ルガルバンダは剣を構えていた。


 目の前にいる、夜襲をかけてきた謎の男たちは覆面を被っている。その周りには鬱蒼とした木々があるだけで、いま燃えている焚き火から少しでも離れれば、足下すらおぼつかなくなるだろう。

 剣士は狼のようなうなり声をあげると、構えた剣は青白く光り始める。

 覆面の男たちは一瞬ひるんだが、隠していたかぎ爪を一斉に見えるように取り出した。もはや正面対決は避けられそうにない。


 次の瞬間、剣士の固い皮の靴が焚き火を蹴り上げた。一瞬のうちに積んでいた石が崩れ、ほとんどの火が消えた。辺りは暗闇に包まれた。

 気合いと共に放たれた剣が弧を描く。


 闇の中でただ一つ、青白い光のみが舞っていた。

 くぐもった一瞬のうめき声と鈍い金属音が多少聞こえたほかは、風にゆれる木々のみが音の世界を支配している。


 それらの音が消えた後に、空に浮かぶ雲に切れ間が見え始め、満月がゆっくりと顔を出した。

 暗闇の中を銀色の冷たい光が包み込む。

 そこには倒れた死体が5体と、剣を構えている剣士のみが映し出された。


 そして、その死体からは一斉に警告音が鳴り始めた。武器製造会社で有名なエンキド社のアンドロイドが持つ、特有の自爆装置の起動カウントダウンだった。剣士はうろたえずに、荷物から起動装置ジャマーを取り出してスイッチを入れた。



「どうしても、書けませんでした」

 私が担当編集のN氏に頭を下げるのはこれが一度目ではない。


「うーん、難しいですか、やっぱり」

 サングラスをかけてタバコを吸っているN氏は、困ったようにつぶやいた。大通り沿いのコーヒーショップの一番奥まった一角に我々は座っている。

 担当編集N氏と作家の私はいつもこの店で打ち合わせをするのが常だった。なぜこの場所かというと、私の自宅の近所で、喫煙可能で、一番日の当たらない席が多い店だったからだ。

 N氏がサングラスをしているのは、別にファッションと言うわけではない。体質的に目が強い日差しに耐えられないらしい。打ち合わせ場所の条件に“日の当たらない席”というのが入っているのはそういう理由だ。


「私としては、できるだけ創作の幅を広げて欲しいんですけどね……」

 N氏はタバコの灰を灰皿に落とす。

「先生はもうデビューして2年、本も3冊出している立派な作家です。ここに来て突然書けなくなる、というのはどの作家先生も体験するものです。しかし先生はかれこれ半年近くも悩んでいらっしゃる。何もできないというのはお辛いでしょうし、私としても辛いものです。先生の新作を待っている固定層もおりますし、これまでのように“SFミステリー”の分野で書き続けて欲しいのは誰もが望んでいます。

 しかしまあ先生、書けないときは誰でも書けないものです。一日8時間机に向かって悩んだところでできないものはできない。だからですね、ここで視点を変えて、違うジャンルで挑戦して書いてみましょうという話なんです。

 ……でも、先生は書けないとおっしゃる」

 慇懃で、もったいつけたような話し方をするのはN氏の特徴だった。

「はい……」

 私は申し訳なさでうつむいた。N氏とまともに目を合わせられない。

「どうにも、異世界ファンタジーの冒険ものというジャンルが私には合わなくて……」


 N氏は表面的にはニコニコしているが、片足が貧乏揺すりをしている。明らかにイライラしているようだ。そして、まるで“ファンタジーとSFなんて一緒だろ”と言わんばかりに口の端に不自然な力がかかって歪んでいた。


「具体的にどのように書きづらいんでしょう」

「まったく未知のジャンルなんです。私はこれまで10年以上多くのSFを読んできましたし、ミステリーも読んできました。自分と同じようなSFミステリーというジャンルもよく読んできました。でも異世界ファンタジーはまったく読んだことがないんです。資料としてここ1ヶ月で20冊ほど読んでみましたが、どれも自分にはピンと来ないんです。知らない世界の話が知らないところで勝手に流れていくようで、自分でそういうストーリーを作れるかというと、あまり自信が持てないんです」

「なるほど。知らない世界の話ですか。でも、SFミステリーも同じく“知らない世界の話”ですけど、どう違うんです?」

「何というか、異世界ファンタジーの冒険ものは玄人向けなんですね。バックグラウンドをよく知っていないと面白さが分からないというか……」

「SFもそうじゃないですか。理論の説明をされても一見さんには理解しづらい…」

「そうですね。同じだと思います。異世界ファンタジーの作家さんがいきなりSFを書けと言われても難しいと思います」

「ふーむ、言われてみればそうかも……。私はなんだか、けっこう無茶なお願いをしているような気もしてきました。

 ところで先生、今まで異世界ファンタジーのストーリーを追ったことはないんですか? たとえばドラクエやファイナルファンタジーといったゲームはしなかったですか? ハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングといった映画は見なかったのですか? エルマーの冒険とか、アーサー王伝説といった冒険譚も?」

「子供の頃はゲームに触らせてもらえなかったので、ドラクエなんかの話題にはまったく付いていけませんでした。ハリーポッターの映画は見たこともあるのですが、どうもSF脳だと魔法について何か理屈を付けようとしてしまって、まともに楽しめませんでした」

「なるほど……、いきなり魔王と勇者と天使となんたらと言われても、構図に馴染みがないから感情移入もできないと……」

「たとえば最近売れ筋のやつなんかだと、世界の対立構図とか登場する組織の説明とかがちょろっと出てくるだけであとはあんまり解説されないんですけど、そんなんで皆さん分かるんですかね?」

「まあパターン化されてますからね。馴染んだ読者だと、固有名詞を聞いただけである程度は意味を推測できたりしますし」

「落語みたいに登場人物も小道具もパターンになっているということですか。

 私の書くようなライトなSFだと登場人物も小道具もいちいち説明を入れないといけませんし、話の流れをぶった切らないように説明を簡潔にして、忘れるといけないので繰り返し情報を補足して、それで何とか一見さんにも読めるように工夫をしていますが……」

「まあ、同じように落語の世界でいちいち解説やってたら、冗長すぎて白けちゃいますけどね。

 では先生、違うジャンルでどういったものが書けそうです?」

「うーん……」

「ちなみに、いま一番売れているのは異世界ファンタジーものです。今や猫も杓子もファンタジー、ファンタジー。このジャンルなら企画も通りやすいですし、設定の使い回しもききやすい。ブームはあと1年は続くでしょう。その後も、きっと売れ筋ジャンルとして定着するでしょう。先生の書けない間をつなぐ意味でも、確実に出版できるこのあたりの線を狙いたいところなんですが……無理なものは無理ということですね」

「……」

「しかしですね、ここで他のジャンルへの挑戦を諦めたら、先生は次にまた書けなくなっても何も頼るものがなくなってしまいますよ。売れ筋に合わせて自分の得意ジャンルを変えられる、というのはこの業界に長く居続けるための一つの技術だと思います」

 私は無言だった。


「では、また先生お得意のSFミステリーで書けるようになったらご連絡ください。お待ちしてますので」

 それだけ言って席を立とうとしたN氏だったが、私は慌てて呼び止めた。

「もうちょっと考えてみます! ファンタジーでも何でも、書けたら連絡しますから」

 N氏はニッコリ笑って店を出て行った。

 私は不安と焦りと多少の諦めを抱き、帰途についた。



 しばらくして「このハイファンタジー、何かを履き違えている!?」と有名ファンタジー作家の推薦文が付いた本が書店に平積みされることになるのだが、それに関するエピソードはまた別の機会に。

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