第二章Ⅰ 「別離」
遅れてホント申し訳ありません。
「……ありがとう。アリー。さようなら」
糾を燃えカスとした翌日。アリーに何も言わず、錬は《歩く神社》と共にホテルから立ち去った。
理由は一つ。正体を知られてしまったからだ。
錬は今まで、自分の事を知った人間を亡き者として秘密を守ってきた。だが、さすがに少女を亡き者としてまで秘密を守るつもりはない。
無論、《歩く神社》からはグチグチと言われていたのだが。
「それにしても《歩く神社》。これからどこに行くつもりなんだ?」
「―反応はこれと言ってないのよねぇ」
なんだそりゃ……。
錬は心の底からジト目を向けた。
「何よそのジト目は……。とりあえず昨日、糾とか言った奴がグループしていた奴に情報を聞いてみたわ。そしたらビンゴ。隣町に妙な光を放つ〝花〟があるらしいのよね」
「……まさか」
「ええ、そのまさかよ。私達が集めている光を放つ神秘的な花〝ラグナレク〟の一角かもしれないわ」
「一体、どの花なんだ? お前の―全てが入った花である〝ラグナレク〟の」
さあ、と、分からないように首を振る《歩く神社》。
「私の真髄の記憶〝ユグドラシル〟の壁を開くためのカギ、〝ラグナレク〟。名称は確か、ロキア、ヘイムル、ヨルガンド、スルトゥ、ガルムン、バルド、フェンリルの七つよね」
「お前から聞いた限りだとな。で、今集まっている〝ラグナレク〟は―」
「『ぜろ』よ」
は、ははははは、錬からは枯れた笑いしか出てこない。
「だからこそ集めるんじゃない」
「はぁ、んじゃ、いくか……」
太陽がゆっくりと上がっていた。
「―んで、これがその町か? 《歩く神社》」
「そ、そのはずなのだけれど……」
目の前には荒廃した町。人っ子一人いない。
「はぁー。ここに〝ラグナレク〟があるんだな? ホントにあるんだな?」
「―こ、これはまさか騙されたとかそういう『ぱたーん』じゃないわよね……」
「俺が知ったことか……。まあ、少し散策してみるか」
そういって錬は少しずつ歩きだす。埃っぽく、水がない、乾燥した大地を。
散策を始めて数十分。
「何もねぇじゃねぇか……というか、ホントに人が一人もいねぇ」
「そ、そんなはずは―って、あれ?」
《歩く神社》の目の前には、酷くやつれ、倒れている少年がいた。
「大丈夫か!?」
錬が少年に近づく。
「あ……あなた方は……」
「俺はレンドー。そっちはシルディアースだ。旅人と言えば分かりやすい」
咄嗟に偽名を使えるのは、慣れている証拠だろう。
「た……助けてくださいっ……」
彼の話によると、この町は元々かなりの繁華街だったらしい。そこを狙ってあるグループが暴動を起こし、この惨状となったらしいのだ。
そのグループは、東御国では有名な侵略神社を名乗っており、意味不明な力を使って人々を殺し、女性を攫い、町に放火したらしいのだ。
「ふーん。なかなか凄いことやるじゃない、侵略神社」
「確か、ワンダーで活動している神社って一つしか無かったよな」
ええ、と、錬の質問に《歩く神社》は返答した。
「十字架と磔で有名な『いえす』を祀っている、紀都神社よ。確かあそこの大神主は『きーんす・びれっちね』だったかしら」
「一二歳の子供だったはずだ」
「……それを一七歳のあなたが言うかしら」
「ほっとけ。それよりも―いい感じに楽しみが増えたな。なぁ、君」
先ほどまでやつれていた少年は、錬たちによって食事を与えられ、少し幸せそうな顔をしていた。
「な、なんでしょうか?」
「そいつらの事恨んでいる?」
「え、……はい」
瞬時に顔つきを真剣なものに変える少年。錬はその少年に対し、非情な言葉を発する。
「殺したいほど……か」
「っ。……ええ。狂おしいほどに」
少年の目は、突然殺意に包まれた。
「僕以外全ての男性が殺され、ほとんどの女性が攫われた。僕も、あなた方がいなかったら死んでいたかもしれません。いえ、死んでいました。僕にも力があれば―奴らを殺しています」
「そうか……」
錬は、ゆっくりと歩き出す。
「錬? ……どー?」
……《歩く神社》は、あまり偽名には馴れていないようである。
「用ができた。行くぞ」
「……まあ、楽しそうだからいいけど。前回の奉納、忘れてないわよね」
「ああ。今日使ったら、お前が望むことを何でもやってやる。―君。ちょっと待っていてくれ。食事は少し置いていくから」
少年にパンを手渡しする。
「えっと……」
少年を置いていった錬の背中には、大きな狂気が渦巻いていた。
「ここが、それか……《歩く神社》?」
「そのはずよ」
錬達の目の前には、ワンダーには場違いとも言えるほどの大きな社があった。紀都神社の社である。
「それにしても錬。なんで突然報復してあげる気になったの?」
「……いい退屈しのぎになると思ったのが第一。神社というのだから、〝ラグナレク〟を持っているのではないかと思ったのが第二。第三は―彼の目が本気だったからだ」
「まあ確かに、有りそうではあるのよね……」
階段を上り、ギィーと扉を開ける。
「こんにちは」
満面の笑みで錬は告げた。
「全滅しに来ました♪」
「なっ、貴様、何奴!」
休んでいた神主何人かが、立ちあがって錬を睨む。
「……『わんだー』で初めて聞いたわね。そんな言葉」
「ええい、曲者か! 契約執行! 【召喚】!」
一瞬にして契約を執行し、槍を【召喚】する紀都神社の神主達。それに微塵も驚くことなく、錬は言った。
「瞬間契約術か。あんたらは本物の契約者じゃないな? よくあるんだよねぇ、最近は。大神主が集団的に契約者じゃない者に執行させることのできる契約。でも、その分―」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一人の神主が槍を振り回し、錬に斬りかかってきた。それを錬は臆することなく、
バキィィィ。
「脆い」
粉砕した。
「―まあ、これだけじゃ、大神主は出てこないよなぁ。それじゃあ……《歩く神社》」
「わかったわよ」
錬は《歩く神社》の胸に魔法陣を描きながら、言霊を綴り始めた。
「重なる願いは我らの願い。今この時、裁きを受けるべきものを断罪する力を求める。罪と罰は共にあり、裁きと断罪も共にある。神ではない、神の社よ。生命として誕生した神の社―《歩く神社》よ。我がの願いを叶え、我と契し契約を、今、ここに現せ」
魔法陣の中心から、漆黒の柄が現れる。錬はそれを強く握り―
「契約執行【顕現《Manifestation》】」
―引き抜く。
「ぁっ、ぁん!」
《歩く神社》の艶めかしい声が、神社内を響かせる。
引き抜かれた剣は、漆黒のファルシオン、『シュレアグライズ』である。錬はそれを群がる神主達に向け、
「駆けろ、願いのために!」
大きく振りまわす。斬って、斬って、斬り裂いてゆく。
神主達も抵抗を見せるが、槍は次々に折られ、腹を斬り裂かれていく。血は辺りを真っ赤に染め、紅の塊はどんどん増えていく。
「なんだ、騒々しい」
紅の塊が数十体に増えた頃、奥から子供の声が聞こえた。
「―ふむ。イエス様を祀るこの神社で、人を殺すか、この鬼の子め」
明らかに場違いな金髪碧眼。加えて他の神主に比べ、酷く小さなその体。
「キーンス・ヴィレッチネの名を知らぬものでもあるまいに」
大神主、キーンス・ヴィレッチネが姿を現した。
「久しぶりね、『きーんす・びれっちね』。また会えた事を喜ぶべきかしら」
「ん? んんんんん? お主、誰じゃったかのう……」
「おい、《歩く神社》。今までで会ったことあるのかよ」
神主をバッサバッサと斬り倒しながら、返り血にまみれた錬が訊ねる。
「ないわ」
「じゃあ何で久しぶりなんて言ったんだよ!」
「場の―『のり』?」
「せめてシリアスに行かないか!? すでに俺は二〇人殺し達成したぞ!」
しかたないわね、と《歩く神社》はため息を吐く。
「きーんす・びれっちね。あなたに一つ訊きたい事があるわ」
「……ヴィの発音が違う気がするのじゃが……」
「気のせいよ。ともかく、あなたは〝ラグナレク〟を知ってるかしら?」
「知らん」
即答だった。
「本当に?」
「そもそも〝ラグナレク〟とはなんじゃ?」
「花よ」
花……。少し驚嘆した形でキーンスは物思いにふけた。
「それはもしかして、〝神世七代〟の事か?」
「かみよの……ななや?」
「うむ。それは大層綺麗な花で、なにより光を放っておる。わしらも一輪持っておるぞ」
「……渡しなさい」
そんな《歩く神社》の言葉には目もくれず、キーンスは一人でに話し始めた。
「最も、お主らに渡すつもりは毛頭ないがな」
「……かちん」
なぜ口で言ったんだと、バッサバッサ人を斬っている錬はツッコミたかった、
「渡さないと……殺すわよ。あいつが」
「お前じゃねぇのかよ!」
錬の周りにはもう、神主はいなかった。
「って、いつの間に全員死んでおるんじゃぁぁぁぁぁ!!」
「「気付かなかったの!?」」
「お主ら、許さん、赦さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 『浮遊枠』表示! 神との回線を開く!」
キーンスの近くに、金色の『浮遊枠』が表示される。
「我、慈しみを持ちイエス様より、慈悲たる力を分けていただきたく存じます! 赦す者として我に、神たる力を!」
『浮遊枠』が金色に光りはじめた。
「神主達の肉体を全て奉納!」
一瞬にして紅の塊が消え去る。
「契約執行、【慈悲】《Orbital Armored》!!!!!!」
叫び声のその瞬間、キーンスの体が光に包まれ、その光が消えた頃には―
金色の装甲に身を包んでいた。
第二章 続……。
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