プロローグ 「胎動」
これは、契の花-誾-と並行で進む話です。いつか交わる可能性があります。両方お楽しみください。
一つ一つの話の間が空く可能性があります。ご了承ください。
歩く神社。人々は彼女をそう呼ぶ。それ以外に彼女の名前は存在しない。
すべてを奪い、奪われた者……。
彼女が願うのはただ一つ。
叶えられて、叶える事が出来ないもの……。
「なんだ、これは……」
少年―風彗錬が見た光景は残酷なものだった。血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血……。だがその中に錬は光を見た。
それは銀髪の少女だった。
「ねぇ、君、ここで何があったの?」
少女に訊ねる。だが返事はない。血に染まる〝道〟を歩き、彼女へと近づく。背丈は錬よりも遥かに小さい。多分年齢は子供ぐらいだろうとは思いたかった。
だがそれは叶わない。なぜならこんな場所に子供がいるはずないのだから。
その少女の顔には、少々の返り血がついていた。
「君、名前は?」
すると彼女は錬を見上げる形で答えた。
「私は、《歩く神社》。ただそれだけ」
少女はゆっくりといった。その姿は何とも痛々しく、そしておぞましくもあった。
「シル……ネラ……」
錬は彼女の名をゆっくりと呟く。
「あなたは、何?」
「何って……」
《歩く神社》は、何も映らない真っ白な瞳で錬を見つめ、一言告げた。
「人は願う生き物。人それぞれ願いは違うけれど、願いがあるのが当たり前」
「なにを言って―」
彼女は、もう一度錬を見つめ、何かを吸い込みそうな瞳で見ながら告げた。
「あなた、力が欲しい?」
「っ!」
見透かしたような瞳は、錬の核心を突き、なめまわすように言った。
「あなたは力を持っている。しかし使おうとしない。いや、使えない」
「だ、だからなんだ」
錬の動揺が《歩く神社》の疑問を核心へと導く。
「その力を使えるようにしてあげると言ったら?」
「!?」
《歩く神社》は誰かとも判別できない紅の塊を見つめ、言った。
「彼らは私の願いを踏みにじろうとした。だから消した」
「……」
錬はなにも言わず、元々は人間であった紅の塊を見て言った。
「……願いを踏みにじった。こんなたくさんの人たちがか?」
「そう」
《歩く神社》を中心に半径五キロほどが血の海である。そのうち紅の塊は、三〇個ほど転がっていた。
「でも、あなたには私の願いを踏みにじれない」
「……どういうことだ」
紅の塊を見つめていた目線を彼女へ移し、睨むように訊いた。
「私の願いは、あなたにとって有益。あなたの願いは私にとって有益。そういうこと」
「なぜそうだと分かる。俺は自分の願いをお前に言ったことはないが」
きつい口調で言ったが、《歩く神社》はなにも動ぜず話を進める。
「あなたには私をあげる」
無表情でそう告げた。
「あなたにとって私は有益。私にとってあなたは有益。ならば共犯になればいい」
「俺はお前が俺にとって有益な理由を知らないが」
「知らなくていい。いずれ分かる」
「……わかったよ。どう有益なのか知らないが、その願い、聞き入れようじゃないか」
「……それでいい。さあ、契ろう」
「「契約を」」
《歩く神社》は静かに言葉を―言霊を綴った。
「我、天において神足る我の契りとする。我は風彗錬との契りを通し、契約者としての加護を付与し、刻まれた運命の歯車を動かす」
朝焼けに、新たな二人の魔が誕生した時だった。
「全てを壊せる力を。世界を壊せる力を。あなたが復讐を遂げるための力を……」
「すべてを俺に渡し……お前の願いを叶える」
「「我らの願いは、我らと共に」」
そして静かに、おぞましく言った。
「「契は現に、施行される」」
プロローグ……終。
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