第九話
カァーと一声鳴き飛び出していく。それに続いて行くように死体を啄んでいたシャックスも後に続く。それは黒い槍、空を駆けすべてを貫く夜に染まりし槍。
「何が戦闘力皆無よ。禍々しすぎるわ」
とヒロがぼやいているが胸中では褒めていることはその声を聞けばわかる。正直な奴ではないからな。ドスッ、ドスッ、ナイフのような鋭利な物が肉に刺さる音が鼓膜を震わす。その嫌な音は止むことなく立て続けに響き続ける。音源の方に目を向ければシャックスが人間を串刺しにしていた。遠目から見れば黒い外套を着ている様にしか見えない程に覆い尽くされている。外套の隙間からは赤い液体が垂れ落ち、地面に池を作っている。
体中に穴を空けられても生きているらしく時折口から血塊を吐きだしている。
「ほう、旦那までとはいかないがなかなかしぶといものだな」
シャックスが語りかけるように呟いているがその相手はすでに虫の息、だがその瞳にはまだ敵対する意思を失ってはいない。
「だが、それもこれで終わりだ」
一匹のシャックスが空高々と駆け上がり翼をたたみ一気に下降する。重力の加護を受けたシャックスは頭から股間まで貫通する。
「イヤッッホ~死体だ。飯だ。食糧だ~~」
と一匹のシャックスが叫ぶとそれに呼応するようにすべてのシャックスが死体に群がる。
「まったくさっきから喰ってばっかじゃないか詠んだからには働いてくれ」
ため息交じりの俺の呟きは届くはずなく虚空に消え去る。
「幸介!」
「幸介さん!」
焦った二人の声が俺に危険を伝える。すぐに後ろに向かって数発撃ってその場から飛び降り地面に降り立つ。
「ヒロ、敵の獲物は」
「長さ30センチのナイフを二本、空間転移系の能力を持ってる!」
「なるほど、俺が気付けないわけだ。ヒロ、長物くれ」
「もう書き上がってるよ。長さ1メートル、刀」
ライフルを左手に持ち変え、刀を右手に持つ。
「さて、どこから来るかな」
気配を後ろに感じ右足を軸に半回転し切りつける。少し前まで何もなかった空間に人影が現れ驚いた顔をするが受け止めてくる。
「後ろから狙うのは奇襲としてはセオリーだが一度やったら手段を変えた方がいいと思うぞ。読まれやすくなるからな」
切り結んだ相手は暗殺者たる黒装束に身を包んでいた。言葉は発しないが気配で俺にバカにされ、いらついたのが手に取るように分かる。怒りにまかせるように切り結んでいる刀とは別のもう一本で俺の体を寸断しにかかるがライフルを使って受け止める。それでも力任せに踏み込み押し切ろうとするが、重芯を後ろにずらしバランスを崩させ、すかさず刀を振るう。
切る寸前に空間転移をされ、かわされた。
「ワンパターンなんだよ」
銃口を上に向け、フルオートで撃ち続ける。いくつかの金属音といくつかの肉を抉る音が鼓膜を叩く。数瞬後、グシャと体が落ちてくる。急所をかろうじて外れているが、体中に穴を開け失ってはいけない量の血液を吐きだしている。
「シャックス、こっちも喰っていいぞ」
まだ生きているがそれも時間の問題だろう。
「それ喰ったら探し出せよ」
「その必要はない」
後ろからのその声は人に逆らうことを許さない高圧的な声だった。
「兄様……なんで……」
後ろから掠れた声で姫が近づいてきていた。
「おお、我が妹よ。心配したぞ。勝手にこんな遠い所まで来て、私はとても心配していたのだからな。さぁこっちへおいで、一緒に帰ろうではないか」
いきなり現れた姫の兄と名乗る男は芝居がかった口調と仕草で姫に向かって手を伸ばす。
「でも私まだ……」
「これ以上の我儘は許されないよ」
冷たい声で兄は突き放す。
「……はい……」
弱々しく答えた姫は差し出された手にゆっくりと手を差し出す。がその間に入り、男の手を思いっきり払った影がいた。
ヒロだった。
「サフィー、チョコちゃんが言ってたでしょ
私達三人以外の人間はすべて敵だって」
「でも私の兄、ディリミア・ルイーゼ・ソフィアストなんですよ?」
「ごめんねサフィー、チョコちゃんじゃなくても私にもわかるよ。あの人と周囲から放たれる殺気にはね」
「ヒロにしては鋭いな、さっさと手勢を集めたらどうだ。隠してないでな」
「はぁ~私は穏便に済まそうと思ったのですがね」
指を一つ鳴らす。ぞろぞろとぞろぞろとゴキブリの如く湧いて出てくる。そいつらは手に手に刃物や銃、鈍器、などを持っていた。
「穏便に済まそうとする奴がこんな奴らを連れているわけないよな」
「この人達は私のボディーガードですよ。君達みたいなね」
「ボディーガードというより暗殺者って言った方がしっくりするんじゃない。大方サフィーのお母さんが亡くなった時から王位略奪を狙っていたのでしょう?」
スッと目を細めて睨みつけている。
「君たちには抵抗せず素直に引き渡してほしいものですが駄目でしょうか?」
あまりにもバカげた事を男、ディリミアが訪ねてきた。
「無理よ。私は一度受けた依頼は必ず完遂し報酬をブン取るのがモットーなのよ」
「ヒロ、カッコいいこと言ってるつもりなのだろうがそれはただの犯罪だ。分かってるか?」
「それを言うならさっきからチョコちゃんだってバッサバッサと切りまくり銃で蜂の巣の死体を作りまくってんのに犯罪にならないの?」
「俺は依頼をこなしているだけだ。それにバレない犯罪は罪じゃないしな」
「それ、へ理屈だからね」
「お前ら今のうちに楽しんどけよ。どうせこれから死ぬんだからな」
ディリミアは口調を変え本性を現した。
「王族にしては口が汚いな」
「気にするな。表はちゃんと仮面を被るんだからな。やってしまえ」
後ろで構えていた暗殺者達が襲いかかってくる。
「ヒロ、十ニ柱の剣出せ」
その言葉と共にシャックス達の姿が朧になり消えていく。
「旦那また詠んでください。あっし達は旦那のためならいつでも力をお貸ししますよ」
「ああ頼むよ」
軽く答えてシャックス達が送り返されたのを見送りヒロに目線をやる。
「了解。きちんと守ってよ」
【人々は絶えず争いを繰り返す】
その声はどんな至高の楽器も劣る】
【ある者は己の欲望の為に】
清らかで神聖な輝きに包まれる】
【ある者は自身の腕を試す為に】
言の葉ひとつひとつが雫となって
【ある者は大切な者を守る為に】
世界に愛を落としていく
【時には刃はか弱き者にも向けられ争いは増し】
それは神を讃える讃美歌か
【憎しみは連鎖して行く】
それは魂を静める鎮魂歌か
【正義と言う言葉は】
その詩は人々に祝福を
【己の道を正当化するものに成り果てた】
恐怖を
【だが世界に頷かぬ者は平和を望み】
畏怖を
【我が変えて見せると剣に誓う】
平和を与える
【世界の果て平和を目指す者は剣を振るう】
すべては輝く未来の為に
【血に濡れようとも心が枯れていこうとも】
すべては忘れ去られぬ過去の為に
【光り輝く志を抱いて】
すべては無限に広がる今の為に
【戦いの果て打ち勝つのは果たして誰か】
そして今、
【響き渡る歓声が訪れる日を人々は待ち続ける】
彼方まで響いた詩が
【終焉の鐘を】
その力を見せつける。
幸助を中心に上から純白の光が、下から漆黒の光が柱となって六本形成する。
二つの光は互いにぶつかり合い打ち消し合いながらも支え合って成り立っている。
【福音 聖なる十二柱の剣】