第八話
中空を浮かんでいた立方体が動きを止めるが奇妙な声は序々に大きくなっていく。声は大きくなるにつれそれが何か明確になってくる。それは鳥の声と羽ばたく音、耳を劈き人の神経を逆撫でする嫌な声、それは複数の風を切る羽音。
「さて、姿を現しなさい」
鉛筆とスケッチブックを手に持って中空で浮かんだままの箱と対峙するヒロは迷いなく鉛筆を動かす。わずか数秒で絵を完成させる。絵には箱から飛び出る幾羽もの黒い黒い醜悪な鳥が描かれている。ヒロの右目が光を帯び絵に金色の炎を灯し灰に還し風に乗り空を舞う。風は箱を中心に渦を巻き灰は金色に輝き幻想的な光景を俺たちの前に映し出す。渦巻いた火の粉は内から膨張し吹き飛ばすと空から黒い羽が舞い落ちた。それはカラス、幾十、幾百、幾千もの濡れ羽色の体躯が空を覆い尽くす程の数が犇めいている。
その一匹が酷くしゃがれた声で俺に話しかけてきた。
「よう旦那久しぶりじゃねえか」
「今日お前らを呼んだのは俺じゃないぞ。シャックス」
「そうよ、このバカラス共私の命令は絶対なんだからね。ちゃきちゃきと働きなさいよ」
「なんだ。クソガキが呼び出したのか……呼ばれて損した気分だぜ」
シャックス達はブーイングとしてその耳障りな鳴き声を上げていく。
「なにか文句あるっていうの!」
「文句しかないんだよガキ」
「なんですっ……」
俺は手でヒロを遮り黙らした。
「シャックスその数と目を生かして敵の居場所を探ってほしい」
「特徴を教えてくれないと探しようがないですぜ旦那」
「今ここにいる三人以外の人間を探してくれればいいそれはすべて俺達の敵だ」
「了解したぜ旦那。俺たちに任せときな。すぐに見つけてきてやるぜ」
カァーと一声鳴いて四方八方に飛び立っていく。
それは黒い波のように統率の取れた動きで散らばっていく。
俺もすぐにレールに上りライフルを構え射撃体勢に入る。
「さて後はシャックスの連絡待ちか」
と、ごちった途端フードコートの方向からシャックスの鳴き声が響いてきた。そっちを見てみると一羽のシャックスが空を旋回している。目線を下に向けると上を見てまぬけな顔を晒している姿が確認できる。俺はライフルを右手に持ちかえて腕を伸ばし引き金を引く。パンっと乾いた音が空に木霊する。弾は間抜け野郎の頭に風穴を開けた。
撃ち殺した奴は地面に無様に倒れそのまま指一本動かさない。それだけで死んだことを確認し銃を持ってない左手を挙げ指を一本立てておく。それを合図にシャックス達が死体に群がってその肉を啄んでいく。シャックスとの契約により俺には奴らの食糧を用意することになっている。だから戦闘で出た死体などをこいつらにやることにしている。死体も片づけられて一石二鳥だからな。
一羽のシャックスがこちらに向かって飛んでくる。その嘴には死体から千切ってきたのであろう肉を銜えていた。
「旦那もどうです? なかなかいけますよ」
「遠慮させてもらうよ。お前たちで楽しむといい」
「だけど旦那、あれだけじゃ俺っち達の腹は満たされやせんぜ」
「わかってる。お前らもいつまでも喰ってないでさっさと見つけてくれ、そうすれば飯にありつけるんだからな」
「分かってますよ旦那。旦那もしっかり死体を作って下さいよ」
「俺が殺し損ねたことがあったか?」
「いや、嬉しいことに一度もありませんね。それでは仕事に戻るとしますか」
シャックスが飛び立とうと羽を広げた時パンパンと二回乾いた音が響いた。その弾は俺は狙っていたのだろうが羽を広げていたシャックスの羽と胴体に一発ずつ当たり穴を開けていた。撃たれたシャックスといえば体に風穴を開けたまま、
「ソロモン七十ニ柱の一柱である俺っちにこんな鉛玉が効くわけがないだろ」
蔑んだ声で罵声を浴びせる。
「だが、俺っちに対するこの無礼な行いは死をもって償ってもらいやしょう」
シャックスは黒い双眸に今から殺す相手をしっかりと映し静かに憎しみの炎を燃やす。
「いっそのことお前らがすべて始末すれば俺も楽できるんだが?」
「それもいいっすけど俺っち戦闘力ほとんど皆無っすから。それでも俺っちを撃った奴だけは生きたままその血肉を啄んでやりますけど」
「ヒロに言ってナイフでも出してもらうか」
「私は便利な青だぬきじゃないわよ~!」
下からヒロの抗議が聞こえてくるが、俺とシャックスは当たり前のように聞き流す。
パンパンまた乾いた音が響き渡る。
「さっさと逃げればいいものをバカだな。喰らって来いシャックス」