第三話
返事を待たずにドアを開ける。
「P.P.の者だ」
ドアの両脇に配置されていたSPが銃を突きつけてきた。無言で銃を突きつけ続けているSPに俺はもう一度言う。
「P.P.の飛蝶幸介、並びに天龍ヒロだ。依頼主はどこにいる?」
SPは銃を構えたまま部屋の奥を顎で示した。俺は後ろにヒロを連れたって部屋の奥を目指す。
部屋の奥はもう一つ扉があってそれを開けると部屋の中央に天蓋付きのキングサイズのベッドが鎮座していた。
ベッドの上で大きいクマのぬいぐるみを両腕で抱きしめた少女がこちらを潤んだ瞳でこちらを見ていた。
「あなた達は?」
ベットの上の少女が不安そうに聞いてくる。そんな問いを無視してヒロが俺に顔を向けて、
「これが依頼者なの?」
無遠慮に少女を指差す。指を差された少女はビクッと身を竦ませた。
「いやどうだろう?」
俺もイマイチ現状を把握しきれていない。とりあえず目の前の少女に問いかけることにしよう。
「あなたが私達P.P.に依頼した方ですか?」
そう聞くと少女の顔が華やいでいった。
「そうです! 私です‼」
…………マジかよ俺は内心で呆れと共にそう呟いていた。
「ねぇねぇあんた。一体何者なの? かなりお金持ってるみたいだけど?」
ヒロが目を円マークにしながら少女に迫っていく。
俺はそんな暴走状態のヒロの頭を軽く殴る。
「痛っ! 何すんのよ!」
「もう一発やっとくか?」
俺は握りしめた拳を上げながら凄味の効いた声で脅しをかけてやる。
そして怯んだ所で一気に捲し立てる。
「お前な。言葉使いは気をつけろっていつも注意してるだろう」
「めんどい」
俺はもう一発ヒロに拳を振り下ろした。
「なんか言ったか?」
「いえ! なんでもありません。グスッ」
ヒロは半泣きの状態で敬礼しながら謝った。
「まぁなんであれ、あなたが依頼者ならば問題ありません。俺は飛蝶幸介、こっちは天龍ヒロです」
「リーダーって呼んでね」
反省の色がないので容赦なく殴っとく。
「次は二割の力で殴るがどうする?」
「ごめんなさい、すいません、ちゃんとします」
めそめそ泣きながら謝っている。そんなヒロを尻目に俺は仕事用に気持ちを切り替え依頼内容を聞くことにした。
「それで依頼はあなたの警護ということでしたがまずあなたのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、私はルイーゼ王国の王女サファナリア・ルイーゼ・ソフィアストです」
俺とヒロは絶句した。先に我に返ったのはヒロだった。
「えーとマジでお姫様、冗談じゃなくて」
「はい、本当ですよ」
にっこりと邪気のない笑みを浮かべるサファナリアと名乗った少女。
俺とヒロは絶句したまま硬直した。
俺は硬直から解かれようやく頭が働いてきたので、サファナリアを詰問する。
「なぜあなたのような身分の方が私達のような者に依頼を」
「私を遊びに連れてって欲しいのです」
「「……ハァ!」」
二人で口をアホみたいに開けて驚いてしまう。その声には並々ならぬ期待と隠しきれぬ不安があった。が、そのことを追求する前に確認することが先にある。
俺が問いかける前にヒロが先に聞いた。
「なぜ私達のような者に依頼をなされたのですか。お忍びなら尚更あなたがこの国にきている事を知っている人物は少ない方がいいのではないですか。それにこれだけSPがいれば私達に護衛を頼む必要はないのでは?」
「そんなの聞く必要ないじゃない。漫画やドラマとかによくあるじゃない王位継承をめぐってのドロドロの親族争い、そうでしょ!」
無い胸を精一杯張って得意気に自分の推理を披露するヒロ。だが返ってきたのは正反対の答だった。
「いえ、私の国ではそんな事はありませんよ。みんな仲良しです」
言葉の中に先程も感じた不安を俺はもう一度感じた。その事を心に留めながら更に質問を重ねる。
「なら、尚更私達は必要ないのでは?」
「そういうわけにもいきません。これは私の我が儘なのです。ですからSPの方達に迷惑をかけるわけにはいきません」
なるほど、このお姫様はかなり責任感が強いようだ。それでいて世間の事を全く知らない箱入りだとも分かった。
「依頼書にあれだけしか情報が書かれてない理由が分かったよ……ハァ」
俺は疲れを逃がす為に大きくため息を吐く。
「しかし残念ですがこの依頼は成立しませんので帰らせて頂きます」
俺は踵を返して帰ろうとするが、
「ねぇ報酬弾んでくれるならその依頼受けてもいいよん」
足を止めざる負えなかった。無謀にもこのバカ長はリスクを考えずに利益を優先しやがった。
「おい、バカヒロ。お前何言ってるか分かってるか?」
「大丈夫だよ。チョコちゃん今回は私も社長らしく考えたよ」
ヒロが名前で呼ばれても怒らないのはそれだけ真剣に考えその答えに絶対の自信があるということだ。
「聞こうか?」
「私達はPPの社長と社員だよ。つまり私達が受けた依頼は百%解決でしょ」
「で」
「信用してるよチョコちゃん♪」
この他力本願野郎ぶん殴ってやろうか……。
俺は握り締めた拳をどこに向ければいいのだろう。とりあえずここは我慢して抗議する事にする。
「根拠になってねぇんだが」
「私の信頼こそ最大の根拠でしょ」
言い切ったヒロはニコッと微笑む。
こいつのこの笑み、本当に信用している証である誇り高い笑み、形なき信頼を裏付ける強い笑み。この笑みを浮かべたこいつは自分の考えを曲げないという意思表示も含まれていることを俺は知ってしまっている。俺はいつの間にか呼吸の一部となっているため息を吐き、やけくそ気味に頭をガシガシと掻きながら王女の方に向き直り、
「その依頼受けてやるよ」
敬語も忘れてそう言った。王女は喜色満面、ヒロにはない大人びた笑みを俺に向けて、
「ありがとうございます。ありがとうございます」
ぺこぺこと何度も頭を下げてくる。そこには王女の風格も威厳もないただの少女の姿がそこにあった。
「まいどあり~」