第二話
依頼当日の朝、俺が事務所を訪れると俺の左目に椅子に座って机に突っ伏しているヒロを見つけた。
「おいヒロ、そんなんで大丈夫か?」
「ヒロってぇ呼ぶな~~」
机に突っ伏したまま一応反射的に非難の声を上げるが覇気というものが感じられない。
ヒロはようやく頭を上げて俺に顔を向ける。その顔を見た時、俺は噴き出すのを抑えきれなかった。
ヒロの目の下には黒々と黒い隈が出来上がり頬も痩せこけていた。彼女を知らない者がこの状態を見たらすぐに救急車を呼ぶことは間違いないだろう。
そんな状態の彼女を見てバカ笑いしている理由は俺が鬼畜なわけでもなく、薄情な奴なわけでも決してない。彼女がそんな状態にも関わらず自分の威厳と誇りを失わないように精一杯努力している姿があまりにもおかしいからだ。
「俺がどれだけ心配したと思ってる。調べるのに夢中になるのはいいがちゃんと連絡だけはしてこい」
ヒロの頭を一つ小突きながら言ってやると、
「ごめん~。だけど私が本気だしたのに何にも分からなかったんだから」
やはり簡単には尻尾を出さなかったようだな。
「仕方がない。お前は少し寝てろ。着いたら起こしてやるから」
「そうする~~~……zzz」
机に突っ伏したまま寝てしまった。
そんなヒロを起こさないようにそっと担いで表でタクシーを拾おうと外に出た。ヒロの体は羽のように軽く、こいつ体重いくらだよ? と本人には絶対知られてはならない疑問を自問していた。
昼少し前、俺達が立っているのは有名ホテルが立ち並ぶリゾートエリアの中でも貴族やお偉い方が使うとして有名なホテルの玄関前、依頼書にはお忍びと書いてあったはずだが、正直な感想こいつはお忍びという言葉を履き違えているのは確かみたいだ。
古い中にも歴史と伝統を感じる佇まいに到着と同時に目を覚ましたヒロはポカンと口を開け間抜け面を晒しながら立ち竦んでいる。
「これだけの処に泊ってお忍びで来てるなんて言いきるつもりかしら!」
「ちゃんと裏で情報操作してるんだろ。しかし、予想外だなある程度は覚悟していたがこれは相当ヤバい仕事かもしれないぞ」
憤慨しているヒロに俺は注意を促すがヒロは聞いてる風はなくグフフ……と不敵な笑みを浮かべながら、
「これは金になる、弱みを弱みさえ握ればこっちのもの、こっちのものよ‼」
と腹黒い事を呟いている。
恐い正直恐い。更にその姿が妙に似合ってるのが更に恐怖をそそる。
俺はヒロを置いてさっさとホテルの入口に向かう。その途中でヒロの方を向き、
「ヒロ、来ないなら置いていくぞ」
「だっかっら、ヒロって言うな‼ リーダーと呼べ‼」
慌ててヒロは顔を真赤にして全力で走ってきた。しかし三歩目を踏み出した時、入り口前の階段で突っ掛かり前方空中三回転を決めきちんと足から着地する。
いつもこいつのドジを見ている俺にとっては日常茶飯事だが周囲は驚いた顔をしている人や拍手をしてる人もいる。
俺は気にするまでもなく歩き出す。ドアマンが開けてくれた扉を潜りホールに入る。ホールも外装に負けないほどの豪奢さだったがそれがどうしたと俺はすぐに興味を失い真っ直ぐにエレベーターに向かい最上階を目指す。最上階はスウィートルームになっていて廊下にも壺や絵画などの調度品が置いてある。ただ普通はここに至るまでに何らかの警備に引っかかると予想していたのにその様子もない。若干拍子抜けしつつ俺は脚を進める。だがその途中でヒロは廊下の調度品の一つをしげしげと見つめて。
「これいくらだろう?」
と目を異常にキラキラと輝かせながら値踏みしている。俺はハァと溜息を吐きながらヒロに言ってやる。
「いい加減にしろよヒロ、依頼主はすぐそこなんだぞ」
わざわざリーダーと呼ばずヒロと呼んでやるそうしたら案の定、
「何回言えばいいの! チョコ! 命令よリーダーって呼びなさーい!」
顔だけではなく手足まで真赤にして怒鳴ってくる。ここまで赤くなったのは久々だった。
「だったらちゃんとリーダーらしく振舞ってくれよ。後チョコと呼ぶな」
「だからリーダーらしく会社の利益になるように壺を一つ拝借しようとしてるんじゃない」
「あのな、それは窃盗という警報二百三十五条に違反してるんだよ。それをやっちまうと会社が潰されちまうんだよ、社会という力によってな」
「へっマジ?」
真顔でのその返答に俺はガックリと肩を落とした。
「お前ホント十七か?」
「私のこの魅惑的なボディを見て十七歳以外に何歳に見えるっていうの?」
「せいぜい十二か十三ぐらいかな?」
ヒロが俺の顔に跳びかかってきた。ホントの事を言っただけなのに理不尽な奴だ。
俺は向かってきたヒロを条件反射で投げ飛ばしてしまった。
しかし、ヒロは自分のドジからダメージを回避するために身に付いたバランス感覚によって見事に着地する。
「わったっしはピッチピチ(死語)の十七歳だーーー!」
「だから襲いかかってくるなよ」
また跳びかかってきたヒロを今度は自分の意思でヒロの左手を掴み、背負い投げを決め廊下に叩きつける。下は豪奢な絨毯が敷き詰められているからダメージはないだろう。
「う~~~~~」
ヒロは横たわった状態のままジト目で俺を睨みつけてくる。目の端に涙を浮かべて。
「いい加減にしろ」
もう一度そう言いながらヒロの頭を軽く叩いて諌める。
「依頼主はもうすぐそこなんだよ」
俺は親指でドアを指し示す。
そして決定的な一言をヒロに問いかける。
「俺達P.P.の方針は?」
ヒロはハッとした顔をしてそしてキッと顔を切り替えて真剣な顔になる。
「依頼者の望みを叶え私達の望みを叶えること」
「よし」
俺はドアをノックした。