第十一話
ヒロ達が戦闘を開始してからも幸介は塵芥のような暗殺者と対峙していた。冷酷にだが残虐に切り捨てていく幸介を前に暗殺者は一定の距離を保って様子を窺う。
自ら幸介の射程に飛びこんで行こうとする勇気を持つ者あるいは無謀な者はいなかった。
その中でリーダーらしき暗殺者が声を上げる。
「全員刃物をあいつに向かって投げつけろ! その後一斉射撃だ!」
さすがはプロ、指示を受けてからの行動はよく訓練されていた。一斉に放たれた刃物が宙を駆け、その後を追うように銃弾が飛ぶ。
幸介は顔色一つ変えずに迫りくる凶器を見据えその姿が振れ、甲高い金属音と風切り音と共に掻き消える。暗殺者どもは幸介が消えたことに驚き周りを見渡す。すると後ろからさっきまで前から受けていた殺気を後ろに感じ銃を正眼に構え振り向く。
するとそこには全身を六本の刀によって貫かれたリーダー格の男。体中に空いた穴から止め処なく血を流して血の池を作っている。すでに事切れているのは明白。幸介は刀を引き抜く死体は自らが作った池に倒れこみ派手な飛沫を上げた。その姿は人に取り繕えず抑えきれない恐怖を与える。恐怖に臆し、逃げ出す者、腰を抜かす者、仲間を殺され我を失い怒りに任せて幸介に発砲する者、膝を付き許しを請う者、そこには阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっていた。
だが、そんな時にでも我を失わないで自分を律することができる人間はいるらしく、
「落着け!奴を足止めしつつ、囲め!結界に閉じ込めてしまえばこっちのものだ!」
と指示を出す。
さっきまでの狼狽ぶりはすっかり消え失せその指示通りの動きを見せる。幸介を中心に囲むべく全員が絶え間なく幸介に発砲を続けながら移動していく。その間幸介は指一本すら動かさず浮遊する黒刀が全てを弾き返す。円を形成するまで大した時間はかからずに出来上がる。それでも発砲は続け幸介の動きを阻害する。
すると、古風な両刃剣を持った四人が出てきて剣を地面に深々と突き刺す。突き刺された剣を頂点にして光が地面を走りそれぞれを結び、正方形を形作る。
【我、望み願う者
この者に束縛を
不平等な契約を
隔離されし世界に縛りつけよ】
【魔封結界】
呪文が完成すると光は更に強く発光し中空にまで光の線を伸ばし一点で繋がり四角錘の結界を作る。
幸介は作られた結界を無造作に切りつける。だが、刀は高い金属音を鳴らして弾き返されてしまった。その様子を確認した暗殺者達はようやく安堵の息を吐いた。幸介は何度も何度も切りつけたが結果は同じく金属の高い音を鳴らすだけに終わった。
「面倒だ」
刀を握ってから初めて幸介が言葉を発した。幸介は刀を十字に構え、結界に二刀同時に切りつける。黒と白の軌跡は現れては消え、消えては現れを繰り返しながらゆっくりと回転し一定の強弱と速さと共に鳴らし続ける。
そして再び口を開く。
【笑い続け
笑わせ続ける道化は
無限の言葉を紡ぐ
狂言と聞き入れられぬ物語
その真実を知る者はいるのでしょうか】
さらにスピードを上げて音を響かせる。それぞれの音は高い音を響かせるも不可思議にもそれらは不気味に絡みついて重く悲しいメロディーを奏でる。
【鮮血の月夜
道化は虚空に呟く
答を決めるのは心次第だと】
その光景を暗殺者達は黙って見守るしかなかった。自分達が作った結界によって自分達の首を絞めた事は自明の理だった。そんな風に暗殺者達に絶望が染み込んでいる間にも詠は続く。
【誰もが馬鹿にする言葉に
夢見る戦士は向かう
望む未来を知るために
手掛かりは道化の言葉
辿り着いた場所が
答なのか
誰にも分からない
それでも夢を追い求める者は
歩みを止めない
消え行く背中に
道化は静かに微笑み瞳を燃やす】
【道化が流す悲しみの涙】
空に亀裂が走る。それは少しずつ広がっていき歪な半円を描く。それは閉じた瞳に見える。
そしてゆっくりと瞼が開いていく。
そこには幸介の右目と同じ金色の瞳があった。宙に浮かぶ瞳が地上を睥睨する。暗殺者の顔を値踏みするが如くゆっくりとゆっくりと視線を動かしやがて興味をなくしたかのように目を閉じる。閉じた瞼の隙間から粘度の高い赤い液体が滲み始める。
そこから一雫がゆっくりとこぼれ地面に落ちてくる。
――――――瞬間いくつもの灯が焔に焼かれた。