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第十話

柱はガラスが割ったようにそれは破片となりさらに虚空で砕け粒子となるまで細かくなるそれは自然には絶対に存在しないモノクロの白と黒で染められていく世界。その中から白い刀身に黒い紋様を刻んだ刀と黒い刀身に白い紋様を浮かばせた刀が柄頭を合わせた状態で計十二本現れる。幸助は手を伸ばし白刀と黒刀を両手に握りしめ体の前に持ってきて二つをクロスさせるとぶつけ合って音を奏でる。

キーン、人間が知覚できるギリギリの音域で無機質で冷たく人の心を蔑ろにし、ズタズタに切り裂く鋭い音色が響いた。その音を追いかけるように幸助から放たれる気配が一変した。肌が泡立つ程に圧倒的な殺気を放つ。しかし、殺気が明確に感じられるようになればなるほど幸助の顔から無表情ながらも見え隠れしていた人間らしい感情が消え始め心が黒く塗り潰されていく。幸助の殺気に耐えられなくなったのか幾人かの暗殺者は地面に倒れ込む。


だがしばらくすると幸介から放たれていた冊気が勢いを落としていく。暗殺者達はホッと息を吐くがそれもつかの間幸助の刀からけたたましい笑い声が上がった。人に不快感を与えるバカにしたような声。いや、それはただの音だった。声の様に聞こえるがそれは刀が震える事によって発せられる音だった。

その音は戦いの始まりを待ち焦がれるようにただただ笑い続ける。その音も唐突に鳴りを静めた。幸助と暗殺者達の間に一瞬の静寂が訪れる。一人の暗殺者が緊張に耐えきれず喉を鳴らしたと思ったら視界が急に反転する百八十度綺麗に世界が入れ替わる。その反転した世界で最初に見たものは逆になった首のない自分の体と今まさにその体を縦に切り裂こうとする敵の姿。


音もなく、なす術もなく切り裂かれる自分の体を見ながら暗殺者の意識は永劫の眠りについた。幸助の立っていた場所から今いる場所までは二十メートルもの距離があるのに幸助はそれを一瞬でゼロにした。幸助が立っていた場所には名残の様に白い刀だけが置き去りにされ、黒い刀はしっかりと幸助の後ろに浮いていた。返り血も浴びず佇む幸助は顔色一つ変えずただ焦点の合わない目を中空に向けている。


「幸助、はしゃぎすぎ」


ヒロは似合わない溜息を吐いてしまう。


「幸助さんどうなさったのですか?」

「気にしなくていいわよ。あの刀、癖が強くてね。ちょっと心が狂うだけだから。それにサフィーはあいつと決着付けないとね」


ヒロはサフィーから目線を逸らし、黙って戦場を見ている。兄と名乗った男、ディリミア。

サフィーは一つ頷いて男に一歩近づいて行く。


「兄様」


硬い声でサフィーが声をかける。


「なんだ、愚妹」


冷えた声で冷めた眼でサフィーを睥睨する。

あまりにも冷たい声にサフィーはひるみそうになるが唇を噛み締め更に一歩前に踏み出す。


「兄様、私は兄様とは戦いたくありません」


ハァーとため息を吐き、めんどくさそうに口を開く。


「何甘い事を言ってんだ。お前は」


再び浴びせられる氷の声だがそれでも問い詰めるのをやめない。


「兄様は私とは違ってみんなにも認められてお母様にだってあんなに信頼されていた。私に持ってない物をたくさん持っているのになぜこんなことを!」

「お前は本当に馬鹿でおめでたいな愚妹。考えればわかることだろう。俺はすべてが欲しいんだよ。家の掟で女以外王位継承を許さないというバカな決まりがなければお前のような奴の命なんて狙いはしないんだよ」

「兄様は王位が欲しいからたくさんの人を巻き込んで私を殺そうとするのですか?」

「さっきからそう言ってるだろ!同じことを何度も聞いてくるな!鬱陶しい!さっさとかかってこい!何なら後ろの便利屋のお嬢さんも加勢してもいいぜ。お前だけじゃ戦いではなく単なる弱い者いじめになるからな」


指名を受けたヒロは口元を歪め、


「ずいぶんと舐められたものね」


ヒロが右手を上げると所在なげに浮かんでいるだけだった白い刀がヒロの元に集う。その一本を右手に握り構える。


「サフィーあなた扱える獲物何かあるの?」

「えっとこんなのですが」


おずおずと取り出したものは鈍く光り輝く金属の筒、空の薬莢だった。


「薬莢? 弾は?」

「いえこれだけで十分です。私の能力の媒体となる物です」

「ふーん。なら後衛はサフィーに任せるよ」


私は駆け出して上段に構えて振り下ろす。

が、途中で食い止められる。

一瞬ヒロの顔に驚きが浮かぶがすぐに納得のいく顔になる。


「あなた達って案外物騒な物を携帯しているのね」

「これでも王族だからな。いつ暗殺者に狙われるか分かったもんじゃない。用心に越したことはないということさ」


男の手には刃渡り十五センチの短刀が握られている。

拮抗したまま二人は会話を続ける。


「あなたは傲慢ね。傲慢だわ。私といい勝負じゃないかしら」

「お前のような下賤な者と同格に扱われては王の血が穢れるだろうが!」


力だけで私を弾き返し上から振り下ろす。

が、すぐに反応して刃を合わせる。

そして鎬で剣戟を流し左手をピストルの形にして男の頭に狙いをつける。


「行って」


中空を所在無げに彷徨っていた残りの白刃が歓喜に震え、四つの軌跡を描いて襲いかかる。

ディリミアは握っていた短刀を手放し両手を自由にする。無防備に武器を手放すとは考えていなかった私は若干体制を崩すも踏ん張り持ち直す。ディリミアは懐に手を差し入れ指の間にそれぞれ二本ずつダーツの矢を挟み、計四本を取り出して手首のスナップを利かせて投擲し、狙ってきた白刃を迎撃する。

キンっと小気味いい音を立てて弾く。白刃を私の頭上に戻し、矢は地面に突き刺さる。


「なかなかやるわね」


感嘆してそう呟いてしまう。私が軽く手を振ると白刃が答えるように震え、標的を貫くために飛翔する。弧を描きながら二方向から時間差に襲い掛かる白刃だがディリミアはステップを踏み、身のこなしだけで全てを回避し反撃に矢を次々に投げてくる。矢継ぎ早に襲い掛かってくる矢を後ろに跳んでかわして距離を取りながら人差し指を折る。かわされた白刃が方向を変え後ろから襲いかかる。

タイミングを合わせて私も刺突の構えを取って特攻をかけようと一歩踏み出した時、ディリミアが袖から一本の矢が落とされ地面に突き刺さった。瞬間、地面に青白い閃光が走り儚く消える。

後一歩で刀の切っ先が届く所で私の体が引っ張られるように不自然な力が働く。すぐに正体を看破した私は口の端を釣り上げて呟く。


「くっ、あんたって奴は抜け目ないわね。ホント純真無垢で可愛いサフィーのお兄ちゃんなのかしら?」


私の体には幾重にも細い糸が巻きつけられていた。その糸は青白く発光し、一見弱そうに見えるがいくら力を込めても切れる様子はなかった。同様に白刃も同じ糸によって絡めとられていた。

糸が出ているのは地面に刺さったままの矢の矢羽の部分、羽が紡がれ糸を形成している。


「ダーツには魔法陣を描いて強化、糸にも魔力を流してさらに硬度を強くしているそう簡単には切れない」


自分の術に相当の自信があるらしく聞いても無いのに自らべらべらと種を明かしてくれる。


「それならいくらでも対処法はあるじゃない。ねぇ、サフィー」


いくつかの炸裂音と共に幾重もの赤い光が通り過ぎていく。

と同時に体を縛っていた糸から解放される。体を軽く振って糸を払い落す。


「ナイスだよ。サフィー」


助けてくれたサフィーに一言告げて向き直り構える。


「王位に傅く生命か、お前が持つ王位継承の証となる力だったな愚妹」


妹に向ける視線とは思えないほど鋭い視線をサファーに向ける。サファーは薬莢を指の間に挟み睨み返す。

その後ろにはシャックスと同じくらいの大きさで炎に覆われた鳥が控えている

まるで姫を守る守護騎士のように。


「ありがとう。少し休んでて」


鳥は形を失い薬莢の中に戻っていく。物欲しそうに瞳を細めて絡みつくような視線を送る。


「それも欲しかったんだよな。その力があれば俺は王になることができたのに」

「私はこんな力欲しくなかった。王位なんて欲しくない!」

「それはすべてを手に入れた者が何も持たない者に対する傲慢な物言いだ。そうだろう、愚妹。俺には王という柵はないが俺は王になる事を望む、お前は王という力はあるが自由がない。だが俺はお前を殺して手に入れて見せる!」


言い切ると同時に矢を投擲する。その全てを私が横から叩き落とす。


「あなたって強欲なのね。私も強欲だと自覚してるけどあなたには負けるわ」

「兄様。私はできるならこの力も王位も兄様が持つべき物だったと思う。だけど兄様が私の命を奪おうとするならばこの力を使って抗って見せます」


二人共に扱う獲物は違うがその姿勢や纏う雰囲気はうり二つだった。そして、サフィーの隣で成り行きを見守っていた私は気を引き締めるように刀を構え直す。

今ここに戦いの第二幕が幕開けしようとしている。

だが、この張りつめた空気をぶち壊したのはそれを上回る殺気と深い深い闇よりも暗い深淵から響く悲しげで痛々しい旋律と共に紡がれ聞こえる………詠。



【道化の詠………】


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