偽物聖女?約定破棄ですね?
「偽聖女め!よくもわが国を騙してくれたな!」
聖神国ユタの聖都にある大神殿より遣わされて、隣国であるラナンの王都にある神殿で聖女の勤めを果たして1年。いよいよ明日、本国へと帰るとなった今日。
突然前触れもなくやって来たラナンの王太子が、最後の勤めに向かう途中の私の前に立ち塞がり声を張り上げた。
場所は神官達の私室などのある居住棟から、神殿へと続く渡り廊下。もちろん、多数の神官達や参拝客の姿もある場所で、目立ちまくっている。
距離を詰めてくる王太子と私の間に、サッと本国から付いて来てくれた護衛の聖騎士達が立ち塞がる。
「偽聖女とは、どういう事でしょうか?」
一歩前に出たのは、私と共に大神殿より遣わされた上級神官であるアルスだ。
「そのままの意味だ!」
王太子は鼻息を荒くして捲し立てる。
「この俺の婚約者が、聖女の力を貸して欲しいと何度も頭を下げて頼んでも、全て無視したそうじゃないか!」
王太子はだんっ、と足を踏み鳴らした。
「我が国の金で雇った聖女のくせに、我が国の為に力を奮わないとは、ただの詐欺師ではないか!」
ふんっと馬鹿にしたように手で顎を撫でる。
「いや、力を奮わないのではない、奮えない、のではないか⁈」
大きく両手を広げ、周りに聞かせるように声を張り上げる。周りの人垣は、王太子の話を聞いてざわつき始めた。
騒ぎを聞きつけたのか、タイミングを見計らっていたのか、この国の宰相が駆けつけた。後ろには、話題の王太子の婚約者も居るようだ。
なるほど、どうやら王太子の婚約者は宰相の娘らしい。
「なんと、聖神国は偽物聖女を送り込み、我が国から金を騙し取ろうなどとは!」
「神の名を騙り、何て淺ましいの⁈」
さすが親子。わざとらしいくらいに大仰な身振り手振りで大騒ぎを始めた。
周りの人垣も膨れ上がり、ざわつきは益々大きくなる。その様子を、私達は冷めた目で見ていた。
「我が聖神国ユタとこの国ラナンの約定を違えるか?」
上級神官アルスの魔力のこもった声は、そんなざわつきの中でも不思議と良く通った。落ち着きのある、ゆったりとした声だったが、あたりはシン、となった。
「1年かけ、この国の砂漠を緑に変え、降らなくなった雨を降らし、畑の実りを豊かにする。汚染された川を清め、川の漁、湖の漁、海の漁を回復する。その回復値の1割を報酬に。それが約定。」
それに、とアルスは続ける。
「王太子の婚約者とやらのお願いは、自分の領地に魔石鉱山を発掘しろとのお話でしたが、私腹を肥やすお手伝いをする義理はありませんので。」
私はアルスと聖騎士に守られながら、両手をしっかりと組んだ。私を守る彼らを守る為に。
「嘘をつくな!」
カッとなった宰相や王太子が剣を抜くのが見えた。が。
振り下ろされた剣は、私の結界により弾かれた。
「約定は破られた。ですが、報酬は頂きますよ。1年もこの国に尽くしたのですから。」
アルスは笑顔で続けた。
「あと、慰謝料も頂きますよ。こちらはきちんと約定を守っていたのに、難癖をつけて報酬を払わず、剣で切りつけて来たのですから。もちろん、聖神国に対する宣戦布告と取ります。」
アルスの言葉に、人垣のざわつきは大きくなった。
「くっ、こうなったら!」
剣を強く握りしめ、聖神国にバレる前に私達を処分すると言い出しそうな雰囲気になってくる。
だが、アルスの言葉は止まらない。
「あ、でも約定を破った時のペナルティはしっかりと受けて頂きますよ。ご心配なく、ペナルティの内容も、全て約定に記載されてあり、両国の陛下が調印済みですから。」
ギリギリと歯を食いしばり、王太子と宰相が睨みつけてくる。
「アルス様、魔法陣の準備整いました。」
聖騎士の1人がアルスに声をかけた。
アルスは頷き、一歩下がり、聖騎士達は私やアルスを囲うように円陣を組んだ。すぐにその足元に魔法陣が浮かび上がり、眩しい光が辺りに広がった。
そうして、最後の勤めを果たす事なく、私達は本国の大神殿へと転移で戻って来た。
「やっぱり、あの国は終わりですね。」
約定通り、回復値の1割の報酬は頂いた。
慰謝料は、宰相の領地や王太子の直轄領から、埋蔵資源をがっぽり頂いた。どうせ埋まってたものだから、取られた事には気づいてないだろうが、頂く宣言はしてあるから問題ない。
ペナルティとして、約定通り、聖女の力を奮う前の状態に戻した。つまり砂漠は砂漠のまま、雨は降らず、水は汚染されたまま。
そして、宣戦布告同然の行いについて、国交を閉ざす事とした。砂漠化や汚染水がこちらに広がるのを防ぐ結界も張っている。二国間は結界の為、見えない巨大な壁に分断された状態だ。人が壁を越えたければ、他国を経由しなければならない。
数ヶ月経ち、ラナンの使者が謝罪の為と言って入国しようとして、追い返されたとの報告が来た。
恩を仇で返し、聖女とアルスに剣を向けるなど、滅されなかっただけ有難いと思え。
それが聖神国の返答だ。
きっとその返答を受け、上級神官のアルスはそんなに重要人物だったのか、と王太子や宰相は思っているかもしれない。
国王よ、ちゃんと教えておかないから、こんな事になるのだ。もしくは、教えても聞いてなかったのかもらしれないが。
大聖堂の玉座に座るアルスを、隣に立って見下ろす。
「何ですか?私の顔に見惚れましたか?」
ニヤリと笑って見上げてくるアルスは、言葉は敬語なのに、態度は尊大だ。見るからに偉そうである。
実際偉いのだ。この国で、1番偉い。
「これ以上自然破壊が進まないうちに、早くラナンが滅ぶように、呪ってしまいましょうか?」
そして1番考え方が物騒だ。
ニヤリと笑った顔をこちらに向けて、すぐに肩をすくめてみせる。
「やだな、本当に呪ったりなどしませんよ。きっと、そう遠くないうちに、神罰で滅びますから。」
まあ、そうなるでしょう。今回の1年に及ぶお勤めは、神託によるものだったから。最後の再生のチャンスとして、神より与えられた慈悲だったのだ。
半年もしないで、彼の国は滅んだ。
大地は乾き、水も干上がった。残された人々は国を捨て、世界中に散らばって行った。
国の境にある結界の壁は、少しづつ彼の国があった地を取り込み、浄化していき、長い年月をかけ、広がって行った。
私とアルスが退位し、老後を過ごす頃、あの荒れた大地が広がっていた場所は、豊かな森となっていた。
「まるで原始の森ですね。」
アルスは歳を経ても変わらず、私の隣に居た。相変わらず、尊大な態度で。
「さて、これから2人でのんびりと、スローライフを楽しみましょうか。」
深い緑の香りがする森の屋敷。それが私達の終の住処となる。
いつかアルスが座っていた玉座には、新たな聖女が託宣を受けて指名した、若い教皇が座っている。私達は安心して、やっとお互いの事だけを考える時間が持てる。
私はその言葉に頷いて、アルスを見つめる。目が合うと二人で微笑みを交わし合った。
拙い文章ですが、最後まで読んで頂きありがとうございました。




