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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第1章 玄冬の出会い
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玄冬の出会い 5

 雪の上で燃える紅炎と白黒の煙の向こうに鈍色の姿が消えていく。


(鳥のようだ)


 そう容易く捕まえられるものではなかったか、と自重しながら、腕を振って炎を鎮め、太刀を納めた。


玄夜げんや様」


 後ろから雪を踏んでやってきた側近の椋人むくひとが「お怪我は」と尋ねるのに、「ない」と短く堪える。そうして黒煙が晴れた先の街を見やった。


「如何でしたか?」

「間違いない。あれが『夜廻』だ」


 どこにも所属していない辻術師が皇都に現れた、それ自体はさほど大きな話題にはならない。いつの間にか捕縛されて、人々はそんな噂をしていたことすら忘れてしまうからだ。

 だが最近噂になっていた『夜廻』はそれらとは一線を画していた。貧しい者に巫術を施し、薬を与え、対価らしい対価を求めないというのに宮廷巫術師にも引けを取らない凄腕だという。

「そんな輩が辻術師であるものか」「詐欺師が上手く騙したんだ」と噂を玄夜に話して聞かせた者たちは笑っていた。


 ただの騙りだとしても『夜廻』という通り名がつけられるほどの人物だ。興味を持った玄夜は椋人を伴って『夜廻』を探した。周囲の詮索を避けて行動していたため、半月もかかってしまった、今夜ついに遭遇することができたのだ。


「顔は見たか」

「いいえ。早々に目眩しを使われたようです。申し訳ありません」


 間近で相手を補足していた玄夜には効かなかったが、離れて様子を窺っていた椋人は術にかかってしまったらしい。探し人が優れた巫術師であるという確信を得た玄夜は堪えきれない笑みを浮かべた。


「欲しいな」

「あれほどの使い手ならいずれかの一族の公達でしょう。引き入れられる見込みはあまりないように思われます」


 巫術師一族は血縁に強いこだわりを持つ傾向がある。利があると判断しない限り、身内の巫術師を他所に所属させることはない。


「だが表に立つことができない人物だ。顔を隠して辻術師をやるくらい、『夜廻』は力を振るう機会を欲して相当燻っているとみえる。それに、気付かなかったか?」


「何をです?」と本当に気付いていないらしい椋人に、玄夜は薄く笑った。


「『夜廻』は女だ。恐らく二十をいくつも超えていない、下手をすると十代かもしれん」


 椋人は何を言っているのだろうという顔で玄夜を見た。


「……何故」

「印を結ぶ手だよ」


 指の太さ、手の大きさ、動きが、見慣れている男性巫術師たちのそれとは違っていた。あの華奢な印象は若い女性のものだろう。


「それから、打ち合ったときの感覚が身丈に対して少々軽かった。それと打刀だ。巫術師は太刀を帯びるものだが、若い娘に長刀は重い。だから敢えて扱いやすい打刀を差しているんだろう」

「…………確かに、細身ではありました」


 玄夜の説明を咀嚼し飲み込んで消化するだけの時間を置いて、椋人はそれだけを言った。

 寡黙な従者がどんな言葉を腹に収めたのかを想像して、玄夜はくつくつと肩を揺らす。偏執的だろう。異常な執着と観察かもしれない。だがそうするだけの実力を持った巫術師だったのだ。さらに女性かもしれないと気付いたなら興味が湧くのは当然だ。


「巫術だけでなく体技や刀の扱いもなかなかのものだった。さて、どうやって引き入れようか」


 複雑そうな面持ちでいた椋人が、ふと空を仰ぐ。


「玄夜様。人形ひとがたが戻りました」


 椋人の手に、人の形に切り抜いた紙が音もなく舞い降りる。人形に宿した式鬼の報告を受けた椋人は表情を曇らせ、小さくため息をついた。


「市中に戻ったところで追跡に気付かれたようです。雪玉をぶつけられた隙に撒かれました」

「雪玉?」


 巫術で燃やすのでなく自身の人形をぶつけるでもなく、雪玉。

 撃ち落とされた人形が崩れた雪玉に埋もれてじたばたする様を想像して、つい吹き出してしまった。椋人がじとりと睨むので「すまない」と手を振ったが、笑いながらの謝罪は説得力に欠けるだろう。


「皇都の住人だとわかっただけでも上出来だ。おかげで追いやすい」


 掻いた雪の下から掘り出したのは、赤い石。呪物となった土器の欠片だ。

 式鬼を倒した『夜廻』がその後うずくまっていたのはこれを拾っていたからなのだと思われた。呪詛を行った巫術師を追うつもりなら所持したままでいるはずだ。


(逃がさない)


 それを追ってくる可能性があると気付かれる前に見つけ出す。


「[四竜の大前おおまえに (かしこ)かしこみもまおす]」


 欠片を載せた手のひらから生じた黒羽色の光が幾重にも夜空にたなびく。


「[正しき道を辿らしめ給え]」


 玄夜の求めを受けて、黒い光の帯は辿るべき道を示す一筋の糸になる。


「行くぞ」


 欠片を握った玄夜は椋人を伴って糸を辿った。


 白秋川周辺の農耕地から皇都の街の西へ入る。子の刻半(一時)にもなると各邸の宴はお開きになって人の声も気配も絶えているが、巫術師一族の邸宅が並ぶこの辺りは特に静かだった。巫術の結界で守られていて返り討ちにされるとわかっているため、物盗りなどのならず者は滅多に近寄らない。


「もしかして『夜廻』は蘇芳、朱鳥、海棠家辺りのご令嬢でしょうか」

「巫術の属性が火に寄っていたように見えたから可能性は高そうだな」


 巫術には術者自身の持つ特性や要素が大きく現れる。特に名家と呼ばれる古い巫術師一族は一つの属性に特化していた。


 椋人が挙げた三つの家は南を司る赤竜の力が強く、火にまつわる巫術を巧みに操り、その際に赤い光を生じさせる者が多い。『夜廻』の浄祓じょうえの巫術が火だったことから、赤竜に縁深い者の血を引いている可能性は高い。


「だが、蘇芳は違うと思う。もしそうであれば次期当主になっているはずだ」

「そうでしたね。蘇芳は……」


 ああ、と玄夜は頷いた。


「次期当主を不慮の事故で亡くしてから蘇芳の零落ぶりは見るに耐えない。もし『夜廻』が蘇芳の者なら、たとえ娘でも次期当主に担ぎ上げられているだろう」


 巫術師一族の当主は一般的に男系男子優先だ。男子に恵まれなかったり他のふさわしい人物がいなかったりした場合に一族の長が女子になる。しかし現在その慣習は徐々に変わりつつあった。


「どちらにせよ、あの才は稀有だ。私たちの使命を果たすために一人でも多く味方がほしい」


 握った手を見る。追跡の糸は、確かに繋がっていることを示すように、きら、と光った。


 そうしてしばらく歩いていると「味方といえば」と椋人が言った。


「先代様から文が来ておりました。上巳じょうしの祓に合わせて新しい衣を仕立てたので送る、とのことです」


 上巳は桃の節句ともいう。健康と厄除けを願った祓いの儀と、御灯という四竜のために灯火を掲げる神事を行い、宴を催す。


「新しい衣? 初めて参内するわけでもあるまいし、何を考えているんだ」

「神事に宴にと折に触れて着飾る必要がありますから、心配なさっておいでなのだと思います。先代様や奥様にとって玄夜様は当主であると同時に大事な一人息子です。背負っているものの重さもご存じでしょう」


 やがて、よく知っている道に差し掛かる。築地塀に沿って行くと黒瓦の門と邸宅が見えてきた。


「玄夜様、これは」


 和やかだった会話が嘘のように椋人が警戒を滲ませる。さすがの玄夜も驚愕したが、ゆるゆると笑みを浮かべた。

「四竜の導きだな」


 糸の先は、門の内側の邸に繋がっている。

 そう遠くないところに隠れ暮らしているのだろうと思っていたが、こんなことがあるのか、と笑いが止まらない。導きというより四竜の悪戯と言う方がしっくりくる。


(君は面白い人だな、『夜廻』。これほど身近に――我が家にいるとは)




 ――墨月一族本家本邸。通称、墨染邸。


 その邸の主にして墨月一族当主の名を、墨月玄夜といった。

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