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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第1章 玄冬の出会い
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玄冬の出会い 4

 強い夜風に粉雪が舞っている。

 ちらつく雪片と、ほのかに光る雪の白と夜闇の黒の色差で、かなり視界が悪い。珠姫は見晴らしのいいはずの農地のただなかに足を進めると、何もないそこでぐるりと辺りを眺め渡してから、両手の指を絡めて組んだ。


 失せ物探し――目に見えないもの、特に妖や呪いの在処を突き止める巫術は、妖祓いの基礎だ。


「[四竜の大前おおまえに (かしこ)かしこみもまおす]」


 寒風が暴れ狂う。印を結ぶ珠姫の静かな呼びかけが、吐いた白い息とともに大きく揺さぶられる。


「[諸々の禍事まがごと 罪 けがれ 有らんをば]」


 風が吹く。吹き回る。冬に眠る農耕地を巡る。

 雪も泥も、珠姫の息も宣詞のりとも。

 そして、きっと、善くないものも。


「[示し給い 清めさせ給えと (かしこ)かしこみもまおす]」


 組んだ手の内から光が落ちた。

 水の雫を受けるように光を飲み込んだ大地が波紋を描く。幾重にも輪を描いて広がる力の波――それが乱れる場所に歪みはある。


(そこだ)


 ほぼ正面、四つ辻に当たる道の地面の下。


 降ったばかりの雪を蹴散らすように駆けながら鞘を払い、地に向かって刃を突き立てた。

 硬い石塊が割れる感触がした、その瞬間、そこから黒い泥のようなものが噴き出す。溢れた泥はみるみる山となって溜まっていき、やがて幼子が捏ねて作るような歪な人形ひとがたになる。


「っ、式鬼しきか!」


 式鬼は、巫術を用いて作り出した使役物だ。巫術師の目や耳、手足に代わるもので、術者の力そのものとなる。呪物を破壊したことでそれを守っていた式鬼が現れたのだ。


 珠姫が振り下ろした刃に両断されながら式鬼が吠えた。おおおぉおぅ、おおう、おおぅ、と洞穴から響くような声が雪に消えずにこだまする。


 風が止む。


 そしてそのときを待っていたかのように、雪原の中から黒い式鬼が次々に起き上がってきた。

 式鬼の数は埋められていた呪物と同じだ。そこまでして農民たちを呪おうとする何者かがいることにぞっとしながら、珠姫は符を投げて宣詞を唱えた。


「[祓え給え、清め給え、守り給え]!」


 威力を増加させる符が白く燃え、浄祓じょうえの巫術が火の海となった。

 雪の上に燃え立つ火はすべての式鬼を飲み込み、塵も残さず焼き尽くして清め祓う。


(誰がこんなことを……)


 こうした呪詛の一つ一つは決して強くはない。だが呪いが行われる期間が長くなればなるほど、集まれば集まるほど、この一帯の住人を全滅させられる規模になる。知識と力を備えた巫術師がなんらかの目的で多くの人を呪殺しようと目論んだとしか思えなかった。

 少し考えて、珠姫は地面を掘った。顔を隠している一辻術師が踏み込むべきことではないと思ったが、こんなことを企む巫術師や呪詛を確かめておきたかった。


 やがて、土の下から赤い石の欠片が現れた。宿した巫術が消滅しているため、拾い上げた途端にぼろぼろと崩れていく。


土器かわらけを呪物にしたのか)


 巫術の系統は、宣詞の内容や術の効果、使用された符の記述や石といった巫術具を見ればおおよその見当をつけることができる。

 この場合の手がかりは土器だ。呪物にされた素焼きの陶器が作られた土地、あるいは素材となる粘土の採取地が、呪詛を行った巫術師と深く関わっている可能性が高い。その時点で巫術師一族出身の者かそうでないかくらいまではわかる。


(呪詛返しを受けて無事でいられるとは思えないけれど、犯人が徒党を組んでいる可能性もある。折を見て調べておくか……)


 呪詛は、果たされず壊されたそのときに術者に返る、代償を伴う術だ。

 倒された式鬼の数に応じた呪詛が巫術師自身に返ったことだろう。苦しむ夫と子ども、看病と心労でいまにも倒れそうな妻、すでに命を落とした者たちを思えば、当然の報いだ。


 ――神から借り受けた力で人を呪い殺した代償を、己が身で存分に払うがいい。


「…………」


 雪が降っていた。穏やかな風に舞う六花むつのはなが静かに降り積もっていく。

 雲の流れた空には、いつの間にか月が出ていた。寒月の光が、白雪の上に立ち尽くす珠姫の影を黒々と描き出す。


 その影が、見知らぬ者のそれと交わった。




「――見つけた」




 氷琴を思わせる触れ難いほどに冴えた声がそう言った。


 声の主は、まるで夜が凝ったような男だった。夜半の色の黒髪。三日月を思わせる冷たく整った顔立ち。漆黒の狩衣が月と雪に照らされて淡く光る。


 厳かな闇の気配を纏った男の笑みは薄氷を研いだようで、珠姫は思わず後退った。


(巫術師……!)


 巫術の気配を感じて、ただものでないことを瞬時に理解した。かなり強力な護身の負術で身を守っているのに、それを負担に感じるどころか微笑を浮かべているのだ。しかも恐らく、そうやってわざと巫術を使っていることを気付かせて相手を牽制している。性格が悪いのか相当の自信家なのか。実力のほどは如何に。


 ――流れる雲が月を隠す。


 先に動いたのは珠姫だった。右手を叩きつけるように振り下ろして巫術で風を起こすと、舞い上がった新雪と泥を相手に浴びせかけた。


(捕まるわけにはいかない)


 この男が何者なのか。「見つけた」とはなんのことなのか。事情も理由も何一つわからないが、見つかったからには撤退あるのみだ。必ず逃げ切ってみせる。


([(かん)ながら守り給え]!)


 視界を潰した一瞬に片手で印を結んで目眩しの巫術を発動する。

 だが身を翻す寸前、足元が隆起する気配を感じて斜め後ろに跳んだ。

 予感は的中した。雪を巻き上げて勢いよく伸びてきた緑の蔓たちが珠姫を捕らえようとする。巫術で弾き返しながら珠姫は顔を引き攣らせた。雪の下で眠る植物を芽吹かせて成長を促進し桁違いの大きさにして操る、それを複数、さらに一瞬にしてやってのけるなんて、常識はずれの強さだ。


(ただものじゃない)


 すぐに次が来る。確信した珠姫は一息に刀を抜いた。

 そして、ぎんっ、と高い音が響いた。

 打ち払った刀身の向こうで男が軽く目を見開いた。受け流されるとは思っていなかったようだ。

 だが珠姫には体術や剣術の心得がある。巫術師になるために師から徹底的に仕込まれたからだ。女ながら縁故採用の宮人よりも腕が立つと自負している。

 だからこそ、斬り結ぶ相手が如何ほどの使い手なのかわかってしまった。


(……こいつ……手を抜いてる……っ!)


 腹が立った。思いきり押し返して距離を取った。

 致命傷を与えないように巫術か何かで鈍らにした太刀。珠姫の反撃に難なく反応したのに反撃しないこと。宣詞や印を省略して使えるはずの巫術を駆使する様子もない。

 彼にとって珠姫は脅威たり得ない。それを理解した瞬間、珠姫は才厚いこの男に激しく嫉妬した。


「君を捕縛しに来たわけじゃない。抵抗しないでくれないか」


 覗き込むのに似た仕草で男が首を傾げた。斬り合ったことでわずかに乱れていた黒髪が月光を受けてさらりとこぼれる。唇の端が笑っているのを見て、珠姫は覆面の下で口元を戦慄かせた。


(どの口が言う!)


 怒りを込めて睨むと、「困ったな」と笑った男のぬばたまの瞳がきらめいた。


「話がしたいだけだったんだが――やはり、実力行使に出るしかなさそうだ」

「っ、[四竜の大前おおまえに]!」


 直感的に宣詞を口走った。そして、その判断は正しかった。


 男の無詠唱の巫術は、珠姫を拘束する氷牢を出現させた。

 だが珠姫の巫術は、これ以上男を近付けさせまいと炎の壁を作り出した。


 熱波を受けたことで牢の構築がわずかに遅れ、氷が脆くなった隙に、破裂させた火球でそれらを割って逃れた。さらに黒煙を生じさせて目眩しにしたのは決してやりすぎではないだろう。


(強い)


 珠姫では遠く及ばない。旭が生きていたらきっとこうなったのだろうと思わせるような巫術師だ。

 そんな男に「見つけた」と告げられたことに、いまさら心を揺さぶられる。


 ――あなたは誰。


 その思いを振り切るように珠姫は走り、夜の闇へと身を隠す。それを男が追ってくることはなかった。

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