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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第6章 死に損ないの真実
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忌まわしい再会 4

 もうもうと立ち込めていた蒸気が少しずつ晴れていく。


 するとそこには、縄で縛り上げられてなお抵抗する丹久郎と、それを殴りつけて黙らせた宍雄の姿があった。


「どうして……」

「菓子屋の者に声をかけられた。邸の若い女房が妙な男に尾けられていたようだと言うから、ちょうど居合わせた宍雄殿と一緒に急いで邸の通行符の気配を追ってきたんだ」


 買い物を終えた珠姫を見送っていた店員は、その後を追っていく丹久郎に気付き、万が一のことを考えて追いかけてくれたのだという。だが見失ってしまい、何かあってはいけないからと墨染邸へ使いを走らせようとしていたところに偶然玄夜と宍雄が通りかかったのだという。

 墨月一族当主の顔を知っていた店員から事情を聞いた玄夜は、珠姫が持ち歩いているだろう邸の結界を行き来するための符の所在を巫術で辿り、ここまで駆けつけてきた、ということだった。


「ずいぶん手酷くやられたな」


 冴えた瞳が、赤く腫れた頬を見留めた。

 巫術で冷気をまとわせた手が、みっともなく膨れ上がったそこに触れる。熱を持った患部の痛みは和らいだが、不甲斐なさを恥じた珠姫は唇を結んで目を伏せた。


「早く手当してやりたいところだが、残念ながらそうはいかないらしい」

「わかっています」


 傷を癒す手から逃れるように身を引いて頷くと、玄夜は仕方がなさそうに眉を落とした。こんなときでも頑なでいる珠姫に呆れたのだろう。


 それに気付かないふりをして、符や巫術具、短刀の在処を確かめると、珠姫は丹久郎の前に立った。丹久郎の憎しみの視線が、珠姫と、その隣に並んだ玄夜に向けられる。


「墨月ぃ……っ!」

「如何にも。私は墨月一族当主、墨月玄夜」


 声を荒げる丹久郎に対して、玄夜はどこまでも冷ややかで理性的だ。


「こんなことをして許されると思っているのか!? 俺は蘇芳一族当主の弟で、次の当主になるかもしれない人間だ! 俺に手を出せば必ず報復があるぞ!」


 珠姫が無言で短刀の鞘を払うと、丹久郎はぐぐっと口を噤んだ。


「蘇芳一族次席、蘇芳丹久郎殿。貴殿に聞きたいことがある」


 きん、と空気が凍てつき、張り詰める。

 黒竜を奉じる巫術師一族の若き長は、いまこの場における一切の嘘偽りを許さない。




「お前たち――『何』に祈った?」




 珠姫にはその問いが何を意味するかわからない。


 しかしたったそれだけの言葉が、一人の人間を絶望の淵に叩き落とした。


「……あ、……ぁ……………あ、……あぁああぁあァッ!」


 丹久郎が金切り声を上げた。見開かれた目から、彼が恐怖に飲まれていくのがはっきりと見て取れた。顔から血の気が引き、歯を鳴らし、目を血走らせて、いまにも心の臓が止まるのではないかと思えるほどだった。


(怯えている……?)


 壊れたと言ってもいい取り乱し様に珠姫が眉をひそめていると、それまでじっと静観していた宍雄が何かを諦めるように肩を落として、呟いた。


「そうか。……蘇芳一族は、とうとう凶つ神に縋ったか」




 ――凶つ神。




 妖と呼ばれるもののうち、神に迫る力を有した存在。

 災いであり、病であり、呪いであって穢れ、あるいは天恵や祝福に近しい魔のもの。


 人の歴史の中でそれらは異端者の信仰の対象となり、古い時代の悪習と蛮風と人ならざるものの倫理観が入り混じって、非道で残虐な術の数々を生み出したという。


 そうして生命を弄び、大地と水を汚し、呪いの風を吹かせて草木を枯らし、死をも冒涜して悦ぶ。


 ゆえに、凶つ神。




「菊太や拓実……秋穂も……不審死を遂げた蘇芳一族の縁戚や庶子たちは皆、凶つ神の生贄になったのか」


 打ちひしがれる宍雄の言葉の意味するところを理解した珠姫は、口を覆って声なき悲鳴を上げた。


(なんて……なんということを……!)






 蘇芳一族は凶つ神を信仰している。一族の者を殺して凶つ神に捧げている。






「……やめろ……そんな目で見るな……」


 丹久郎が泣き出しそうな顔で首を振る。


 巫術師が、しかも護国を使命とする宮廷巫術師の一族が、守護神の四竜以外のものを崇め奉るなどあってはならないことだ。しかし蘇芳一族はその禁忌を犯した。




 ――神に背き、裏切った。背神者の一族。




「……み、見るな……見るな、やめろ……やめろぉおおお……!」

「丹久郎……」


 しかし宍雄の呼びかけは思いがけず優しかった。


「……俺は、お前が阿呆の親父や兄貴に代わって一族を支えていたことを知っている。兄貴の丹造に比べてお前には分別があった。兄貴が当主の器でないことに気付いて、落ちぶれていく一族をなんとかしようと必死だった。それだけの力を持たない自覚があっただろうに投げ出さずにいた」


 宍雄が語りかけるのを聞きながら、珠姫はあの日の広間での出来事を思い出していた。


 調子よく話す当主の丹造とそれに追従する一族の者たち。しかし唯一苦い顔をしていたのが、この丹久郎だった。


「ここまできたらお前がどう足掻いても、いや、一族の誰であっても、蘇芳の終わりは止められない。むしろよくここまで保った。お前は十分に頑張ったと、俺は思う」


 蘇芳を名乗っていた頃の宍雄が、一族の何を見聞きし、どのように関わっていたかは知らない。強権を振るっているだけに見えていた丹久郎と本家一家の内情も。


 けれどこうして言葉を尽くすのは、どんなに疎んじ、離れても、同じ血が流れる者の行く末を憂う心が残っていたからだろうと思った。この人が無愛想ながら情に厚く、師と呼ばれるに足る人格者であることを、不出来な弟子の珠姫は身をもって知っていた。


「…………う……ぅ……」


 それが響いたのか、丹久郎は力なく項垂れて啜り泣いた。長らく抱えてきた重荷に押し潰され、そうしてようやく苦しみから逃れられた姿は病み疲れていて、小さく萎んで見えた。


 夏の土に涙が降る。その程度の涙で乾いた地面が潤うはずもない。






「旭を殺したのは、俺だ」






 そうするしかなかったんだ、と頭を擦り付けながら丹久郎は嗚咽した。

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