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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第1章 玄冬の出会い
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玄冬の出会い 2




        *




(またやってしまった……)


 庭の枯葉や枝を掃きながら珠――珠姫は内心でため息をついた。


 皇都で仕事を得るため、珠姫は宍雄の弟子の巫術師であることを証明する文書を手に、師の知己だという商人を頼った。そうして紹介された勤め先が墨月一族本邸、この墨染邸だった。


 墨月一族は、四席ある宮廷巫術師の一つに任じられている、由緒正しい巫術師の名家だ。

 二年ほど前に当主が代替わりして、現当主は本邸に住み、先代夫妻は別邸に移ったが、このとき使用人を二分したために人手不足に陥ったらしい。人員の補充を試みたものの、若い当主に懸想して仕事を疎かにする者が後を絶たず、なかなか苦労していたという。


 そんな事情があっただけに、珠姫の面接をした墨染邸の家従や女房は訝しげな顔を隠そうともしなかった。

 主人が懇意にしている商人の紹介状を持ってはいるが、やってきたのは求めている人材とは程遠い、なんならなるべく採用を避けたい年若い娘。何か特技があるのかと思いきや特筆すべき事項の記載もない。巫術師であることは伏せていたので、彼らにとって珠姫は不審者以外の何者でもなかった。困惑するのは当然だ。

 事前に内情を聞いたときに珠姫も「何故私にこの仕事を?」と問うたが、顔役の商人は「これでも人を見る目はあるんでね」と謎めいたことを言うばかりだった。そうして納得しきれないまま、繋いでくれた師と商人の顔を立てるために仕方なく墨月一族本邸の門を叩いたのだ。念のために名前を変えていたし、どうなっても困ることはないだろうと投げやりに考えていたから、採用を言い渡されたときは面食らってしまった。


 こうして、珠姫こと珠は墨月一族本邸の新米女中になった。

 そうして、しばらくもしないうちにやらかした。


 新入りとして誰よりも早く起き出して、水を汲み、薪を運び、竈の火入れの準備をしていたら、仕事を始めるべくやってきた厨女たちに「何やってんの!?」「いったいいつ起きたんだい!?」と驚かせた。


 庭掃除を指示されたので草刈りと落ち葉掃きをし、汚れた土と砂利を取り除いて、庭石を磨いてたら、庭師たちに「そこまでしなくてもいい!」と慌てられた。


 昼と夕方にある休憩時間に手が空いていたので、雑用を手伝ったり共用の道具の手入れをしていたら、皆に「休むのが仕事!」と言い聞かせられて再度休憩を取らされてしまった。


(まさか「働きすぎるな」と言われる日が来るとは思わなかった……)


 大抵の人が嫌がる煩雑な作業に率先して携わり、身体を休めるより周囲の仕事を軽くするために動き回っていたのは、そうした仕事をすることが自分の役目だと信じて疑わなかったからだ。そんなことを言われるとは想像もしなかった。


(しかもすっかり可哀想な子扱いだし……)


 二名一室の使用人部屋、多少薄いがしっかりした寝具、つぎはぎのない着替えに驚き、しっかりした食事と時々出される間食に戸惑い、常に清潔でいるよう清拭と定期的な沐浴が義務づけられていると知って困惑する珠姫に、真弓たちはひどく同情したらしい。

「苦労したんだね」「辛かっただろう」と気の毒がられたが、本当のことは言えなかった。




 ――「父と本妻と腹違いの姉が暮らす家で、下女をしていた」なんて。




 五歳で実母を亡くし、父のもとに引き取られて十二歳で追い出されるまで、珠姫は家族として扱われずに使用人たちにも虐げられ、着るものや食べ物、寝る場所にすら困窮する日々を送っていた。


 それを救ってくれたのが次期当主になる本家の子、旭だった。


 夏になると本家一家は先祖供養のために皇都の本邸から所領の分家屋敷にやってくる。三つ年上の旭はこのとき珠姫にたくさんの贈り物をしてくれた。衣服やお菓子ばかりではなく、常識や読み書き計算、言葉遣いや作法、果ては巫術まで。時間の許す限り。惜しむことなく。彼が与えてくれた森の恵みや薬草の知識がなければ、珠姫は早々に凄まじい飢えや怪我で命を落としていただろう。


 だから旭は珠姫の恩人で、友人で、最初の巫術の師匠で、唯一無二の人。

 妖に殺されてもうこの世にいなくても、それは永劫に変わらない。




(いつの間にか旭より年上になっちゃったな……)


 苦い笑みは、掃き集めたものと一緒に置き場に捨て、道具を片付けて掃除を終える。


 そうするうちに雪が強くなってきたので、雪かきについて真弓に相談すると、また「あんたって子は……」と呆れられてしまった。


「あんたが働き者だからって、なんでもかんでも仕事を押し付けるつもりはないから、安心おし」


「そのときになったらちゃんと教えるよ」と言い聞かせられて、またやりすぎたらしい、と珠姫は肩を落とした。






「珠って、見かけによらず不器用だよねえ」


 真弓とのやり取りはすぐに邸の者たちの知るところになったらしい。その夜、同室の住人である桃子は部屋に戻るなり何があったのかを尋ね、詳しい話をした珠姫が「『ほどほどに』することがこんなにも難しいとは思わなかった」と嘆息するのを聞いて、からからと笑った。


 桃子は珠姫と同じ十八歳で、家人の世話をする女房の静子の下についている。明るく人懐こい彼女は世話焼きな性格らしく、世間の常識や感覚に疎い珠姫を面白がりながら気にかけてくれている。


「がっかりさせて、ごめん……」

「がっかりじゃなくてびっくりだから大丈夫! お姐さんたちは今回の新人はよくできる子でよかったって言ってるよ。長く続けてほしいけどそのうち結婚しそうなのが惜しいわって」


 にんまりと笑う桃子が何を聞き出そうとしているのかに気が付いて、珠姫は愛想笑いを浮かべた。いつでもどこでも誰であっても、他人の色恋沙汰と秋分は最も身近な娯楽であるらしい。


「辞めないよ。前にも言ったけど、相手もいないしその気もないからね」

「でももういくつか文をもらったんでしょ?」

(よく見ている)


 それは桃子に限った話ではない。人というものは予想外に周りを見ているし秘密ごとの気配に聡いのだ。あまり迂闊なことはできないとわかっているから、珠姫は素早く苦笑の仮面を被って肩を竦めてみせた。


「よく知らない女に文を送るなんて、物好きだよね。私が人殺しかもしれないとは考えないのかな」

「……え……それは、えーっと……」


 なんと返していいものかという顔をする桃子に「たとえばの話だよ」と微笑むと、あからさまにほっとされた。


「ちょっと、止めてよ。珠が言うと冗談に聞こえないんだから」

「そうなの? それは、ごめん」

「自覚なしかあ……気を付けた方がいいよ。特に男相手に思わせぶりなことは絶対言わないようにね」


 まるで母か姉のように言い聞かせる桃子は、珠姫が「わかった」と答えると「あんまりわかってなさそう……」とため息を落とす。確かに世間知らずだが、無防備でもなければ付け入る隙を与えているつもりもない珠姫は薄い作り笑いを浮かべて黙っていた。


 そこに、こおおん、と鐘が響く。間を置いて鳴る音の数は子の刻(二十三時)を告げる九つだ。


「もうこんな時間かあ。そろそろ寝ないと明日起きれなくなっちゃう」

「そうだね。それじゃ、私は少し歩いてくるよ」

「今夜も? もう気にしなくていいって言ってるのに……」


 羽織ものを手にして立ち上がった珠姫に、桃子が不満そうに唇を尖らせる。


「そりゃ、最初の頃はびっくりしたし怖かったけどさ。あんな風にうなされて叫ぶ人は初めてだったし」


 珠姫は眠りが浅い。そして、よくうなされる。

 新しい暮らしを始めてから頻度が増え、症状も重くなったらしい。誰かに襲われているんじゃないかと思った、と初めて珠姫を揺さぶり起こした桃子は言った。そして深夜に突然泣き叫ぶ珠姫を怖がって上手く眠れなくなってしまった。


 そういうことがあってから、珠姫は夜になると軽い散歩に出て、桃子が寝付いた頃合いを見計らって部屋に戻るようになった。出歩いていることは理由も含めて真弓に報告してあるので、主人の部屋がある母屋や宝物を収めた蔵といったおかしな場所に近付かなければ咎められることはない。


「私がゆっくり眠ってほしいと思ってやっていることだから、気にしないで」

「でも、今夜は寒いよ。小降りだけどまだ雪が降ってるしさ」

「うん。だから、桃子が早く寝てくれるとありがたいかな」


 そうすれば珠姫がすぐに部屋に戻ってこられると知って、桃子は慌てて布団に潜り込む。珠姫は笑って彼女に「おやすみ」を告げ、手燭の火を吹き消してから部屋を出た。

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