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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第1章 玄冬の出会い
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玄冬の出会い 1

 四柱の竜を祀る島国、天願あまはら


 美しい四季と豊かな自然に恵まれた小さな国は黒、青、赤、白の四竜神の力とそれを行使する者たちによって、幾久しく穏やかな繁栄を続けてきた。


 神の力を借り受けて操るすべは、時を経て、いまは『巫術』と呼ばれている。


 四竜に呼びかける宣詞のりと、望む力を得るための祈りを手指で表す印相いんそう、そして願いを言葉にする宣言を行うことで、様々な神威を示す。


 それを使う者たち、四竜神の代行者を『巫術師』といった。




       *




 薄曇りの朝空に、ごぉおん、と重く静かな鐘の音が六つ響く。


 皇都の大内裏の点鐘が、街が目覚める卯の刻(五時)を告げていた。

 その鐘の音を聞きながら屋敷中の戸を開け、主な部屋の火桶に炭を入れて回って、下働きの者たちの集う厨に戻る。厨は忙しなく立ち働く使用人で溢れており、目端の利く女中頭の真弓が全体の監督をしつつ、次々に現れる者たちに必要な仕事を振り分けている。忙しないが決して混沌としていないのは、現場のまとめ役である女中頭や、家全体を取り仕切る家従かじゅうや仕えの女房、そして何より彼らを雇用している屋敷の主人の気質にるのだろう。


「おはようございます、真弓さん」

「おはよう、おたま! 手が空いたなら朝餉をおあがり」

「ありがとうございます。お先にいただきます」


 厨の隅には使い古した火鉢があり、早朝の水汲みや掃除を終えた者たちが暖を取りながらまかないの粥を啜っている。手や袖の汚れを払ってその輪に加わると、厨女くりやめが粥の入った器を渡してくれた。たっぷりの麦と少しの小豆、具は鶏肉の欠片と葱という余り物の材料で拵えたとは思えない贅沢なものだ。


「今日も冷えるなあ」

「本当に。ご主人様がくださる温石おんじゃくのありがたいこと」

「市中では嫌な風邪が流行っているらしいよ。気を付けないと」


 ほかほかと白い湯気を立てる粥を啜りながら、そんな会話を聞くともなしに聞き、人々が働くのを見るともなしに眺めていると「雪だ、雪、雪」と桶を抱えた洗濯女せんたくめたちが飛び込んできた。


「雪が降ってきたよ。どうりで寒いと思ったら!」

「このままだと積もるんじゃないかねえ」

「そうなのかい? それじゃ、早く家畜小屋に覆いをかけてやらないといけないね」


 この邸では卵を産む鶏、鼠取りの猫と狩猟犬、足となる牛馬を飼っている。馬の世話は厩番、牛やその他の動物の世話は飼丁していの仕事だが、重労働なので折々に担当外の者を手伝いを入れるのだ。


「お忙しいところ申し訳ありません、真弓さん」

「なんだい、お珠? あとその馬鹿丁寧な言葉遣いは必要ないって言ってるだろ」

「すみません。……小屋の覆いと敷き藁の追加、終わってます」


 真弓だけでなく、食事中の使用人や通りがかりの女中たちの視線が注がれる。


「飼丁の五郎さんと厩番の一慶さんに教わりながら、小屋に覆いをして、敷き藁を厚くしておきました。これから雪が積もっても大丈夫です。……余計なことだったら、すみません」


 小さく付け加えたのは、額を押さえてため息をつく真弓と年上の使用人たちの苦笑に気付いたからだ。


「余計なもんかね。まったく……働きすぎなんだよ、あんたは」


 呆れた顔をしながら「ありがとうね」と真弓は笑った。


「新入りが働き者で助かるよ。ここは墨月様のお邸だ、いい加減な輩に巫術師の名家の使用人は務まらないからね」


「頑張ります」と曖昧な微笑で言って、残りの粥を手早く、しかし行儀よく胃の腑に収める。

 ここでは「さっさと食べろ」と急き立てられたり「遅い」と言って椀を奪われたりすることはない。暴力を娯楽としたり、意地の悪いことをして面白がったり、如何に手を抜くか楽をしながら得をするかを考えたりする者もいない。

 だからこそのんびりしていられない、してはいけないと思う。


「ご馳走様でした。庭掃除に行ってきます」


 椀を洗って厨女に返し、真弓に告げて厨を出ようとしたところで針女はりめの老女に呼び止められた。


「綿入れが縫い上がったから後で取りにおいで。遅くなって悪かったね」


 情け深い主人のもとで働く者たちは皆、忠実で有能だ。役割を果たして協力し合うことで、毎日の仕事を円滑に進められることを知っている。善良な人々の思いやりと責任感に触れる日々は、とても温かく穏やかで、優しい。


「ありがとうございます。後で伺います」




 この優しさに浸って悠々と時を過ごしてはいけない。

 この平穏に安息を見出して心を鈍らせてはならない。


 ――旭を喪ったことを忘れるな。




 黒竜の司る冬。

 皇都は墨月一族の本邸にて、年が明けて十八歳になった珠姫は『珠』という名の女中となっていた。



        *



 司る白竜の力の兆しを感じる初秋の頃、珠姫は五年暮らした土地を離れて皇都を目指した。


 師匠の宍雄が「もし皇都に行くことがあれば」と仕事の口の心当たりと身分を証したものを書いて渡してくれたこと、そして何より、幼い頃から話に聞いていた都を一度見てみたいと思ったからだ。


 たどり着いた皇都は、秋たけなわ。天高く澄んだ空と日差しを浴びて輝く紅葉に彩られていた。


 天願国の皇王御座(おわ)す都は、三方を山に囲まれ、南に大きく開けている。

 格子状に整備された街の北側には政と護国の中心部たる大内裏があり、街の東西にはそれぞれ源流を異にする大河が流れ、東河の岸には貴族の、西河には巫術師一族の邸宅が立ち並ぶ。

 だが街を少し離れると、なんらかの理由で大門の内側に住むことを許されない者たちが粗末な小屋を建てて暮らす区域がある。食べるものに事欠いて都に侵入した追い剥ぎが十にもならない幼子だったなどという話はしょっちゅうだ。


 明暗、陰陽、光と影を抱えた弥栄の都市。

 それが四竜の加護を受けし天願国の皇都だった。

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