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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第3章 贖え、命をもって
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過去の呼び声

 天願国の皇都は遅咲きと葉桜の混じる春の暮れだったが、南はすでに初夏だった。

 淡く明るい空。新緑で青々とした山並み。伸びゆく緑と土の匂い。都暮らしでは少しばかり遠くなっていた大地の息吹が満ち満ちて感じられる。

 しかし人の住む集落に行けば、種を蒔き苗を植える時季にもかかわらずちらほらと荒畑が見られた。田畑を耕す者がいない、四竜の加護が巡らない、すなわち鎮守を行う巫術師が勤めを疎かにしている、人の暮らしづらい土地だということだ。


(蘇芳一族は本当にろくでもない……)


 皇都を出て、二日。

 編笠を被り、巫術師の装いで帯刀した珠姫は、いつか皇都を目指したときに辿った道を戻るように進んでいた。


 蘇芳一族のことを調べなければならないと思い始めると、いてもたってもいられなかった。一秒でも惜しくて、ほとんど衝動的に墨染邸を出ていた。書き置きには、差し迫った事情で発つことになった、突然で申し訳ないとしたためてきたが、玄夜にも誰にも一言も告げずに姿をくらませた珠姫の信頼はきっと地に落ちた。もう二度と邸に戻ることはないだろう。


 居場所となり得たかもしれない場所を投げ捨ててでも、行かなければならなかった。


(まずは師匠から話を聞く)


 旭の元師匠で、珠姫の師でもある宍雄。蘇芳一族を離れてずいぶん経っているようだが、血縁であることは間違いなく、名乗りを許されず下女に落とされた珠姫と違って本家をよく知っている。「見限った」とだけ言って語らなかった決別の理由も含めて話を聞いてみるつもりだった。


 師を暮らした家を目指し、山に入る。

 突然現れた不義理な弟子に師はきっと驚くだろう。わずらわしい土地の縁から逃れるために師のもとから旅立ったが、今日まで一度も便りを出せていなかった。いったい何事かと言って、理由を知れば何をやっていると一喝されることが容易に想像できる。けれど諦められるわけがない。


(早く)


 伸びた草木で足元が悪い。鳥たちの鳴き交わす声に、珠姫の早く浅い呼吸が重なる。


(早く。早く。早く)


 やがて師と暮らした廃社の家が見えてくる。

 だが大戸口は板を打ち付けて締め切ってあった。家の周りや屋根には枯れ葉が積もったままで、長く人が住んでいないことがわかる。

 予想外のことに驚いてしばらく辺りを歩き回ったが、伸び放題の草木があるばかりで、行き先の手がかりらしきものは見当たらない。呆然として、しかしはたと気が付いた。


(……もしかして、庵に移った?)


 珠姫が押しかけ弟子になる前に宍雄が暮らしていた家だ。師弟関係を結んでから二人で廃社の家に暮らすようになったが、その頃から時々庵の手入れに行っていた。込み入った作業をするときや一人になりたいときには泊まってくることもあった。

 師の性格を思えば、広すぎる家よりも馴染んだ庵に戻ることは十分あり得た。


 疲労を叫ぶ心身を叱咤して、来た道を取って返す。


(早く。早く……)


 焦るあまり木の根に足を取られる。思っていたより消耗しているらしい。下生えに隠れた地面の起伏に気付かず体勢を崩したり、泥に滑り、枝を払った手を傷付けたり、いちいち痛みを感じるのもわずらしい。


 もうすぐ夜が来る。この世ならざるものが愛おしむ濃く重い夏の夜闇だ。

 あの闇に追いつかれる前に辿り着かなくてはならない。ぎりりと歯を噛み締めて、目前の枝を打ち払ったときだった。


「――珠姫?」


 夜の気配を帯びつつある森に、久しく呼ばれなくなっていた本当の名を呼ぶ声がした。


 はっと周囲に視線を巡らせる。

 木立の間に、目深に被った笠を上げて無愛想な顔に驚きを浮かべた宍雄の姿があった。

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