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四季巡る竜の国の巫術師  作者: 瀬川月菜
第2章 巫術師たる者
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巫術師たる者 4


 天願国の年中行事や儀式は、大きく二つに分けられる。

 一つは、即位礼に始まる皇室儀礼を担う神祇官の領域。

 もう一つは、護国の結界を編む四方拝や邪気祓いの節句といった守護と祓を行う巫術師の領域だ。


 四竜に国の安寧を祈ることで護国を為す。それらは天願国の皇王や神祇官、巫術師の義務であり、責務である。それゆえに大抵の行事が代々受け継がれているものを踏襲するのだが、今年は例年と異なって起こるはずのない風波が立っていた。


「全部蘇芳が取り仕切るって!?」


 会議から戻った玄夜の報告を受けて、冬路は目を剥いた。

 そう言いたくなる気持ちはわかる。玄夜も巫術寮に戻ってからため息が止まらない。


「長らく他家に負担をかけたから今年は、というのがあちらの言い分だ。それを可能にするだけの力があると言い張るばかりで、まったく話が進まなかった」


 宮廷巫術師には四つの家が任じられるため、不平等とならないように仕事を四つに分けたり持ち回りにしたりなどしている。なんらかの理由で役目を担えないときだけ、他の一族から人を貸すなどして対応する。

 蘇芳一族がそうだった。南を司る赤竜を奉じるかの一族は、次期当主が亡くなってからまともに役目を果たせなくなっていた。最愛の息子を亡くして気力を失った当主の丹造に代わって弟の丹久郎が采配を振るい、なんとか立場を維持している状態だった。

 それが昨年から当主が出張るようになり、これまで放置してきた宮事みやごとに関わるようになってきたのだ。


「可能って……そうは言っても、無理だろう。宮廷巫術師が揃ってようやく成立する儀式なんだぞ。万が一失敗したらとんでもないことになる」

「権力欲の強い蘇芳の当主がそこまで強く言うからにはよほど自信があるんだろう。とはいえ、そのまま聞き入れるわけにはいかないからな。蒼海も白鷺も必死に説き伏せていた」


 こういうときの玄夜の立ち位置は難しい。当主だが若く経験の浅い玄夜が意見すると、丹造のような他家の当主や巫術師は「年下のくせに生意気だ」などと言ってますます我を通そうとするからだ。だがあやふやな物言いをすれば他家の当主を敵に回しかねない。


(疲れたな……)


 椋人が淹れてくれた熱い茶を啜る。

 頭の中を一度空にしてぼうっとしていると、ふと箱に収められている人形が目に入った。思い出すのはそれを作っているだろう巫術師の娘のことだ。


「珠は上手くやっているか?」


 宮中の空気や宮廷巫術師の仕事に慣れてもらうため、いまは主に雑用をさせている。指導役は冬路か椋人で、立場や扱いは一族の若手や見習いたちと同じだ。


「上手いどころじゃない。上手すぎだ」


 すると冬路ははっきりと言い切った。


「小倅どもの中に放り込んだものの、頭ひとつ以上抜きん出ていて申し訳なくなったくらいだ。雑用をさせていい人材じゃないぞ、あれ」


 褒めているようで呆れたような言い様に玄夜は笑った。


「いい子だろう?」

「いい子、もう本当に、めちゃくちゃいい子! どんな仕事も嫌がらないし、道具は丁寧に扱うし、何をさせてもそつがないし、礼儀も言葉使いもしっかりしてる。人形を作らせたら不良品を一つも出さないんだぞ。有能すぎて感謝しかない!」


 冬路が力強く断言した。ぐっと拳を握ったところに実感が籠っている。


「『ちょっと預かった』ってお前は言ってたけど、どこの誰なんだ。まさか、よんどころない、なんて言わないよな?」


 珠が辻術師の『夜廻』で、墨染邸の女中でもあり、女性でもあることを承知しているのは玄夜と椋人だけだ。冬路のような身近な者には玄夜が後見を引き受けた巫術師だと説明している。顔を隠しているのはその必要があるからと言ったので、冬路はどこぞの私生児かもしれないと考えたらしい。

 だが、その可能性は高そうだ、と玄夜も考えている。


「そんな話は聞いていないから大丈夫だ。……多分」

「多分じゃ困るんだよ、当主様。調べろよ」


 玄夜は口の端を上げて首を振った。


「逃げられると困る」


 呆れ返ったらしい冬路は控えている椋人に目をやったが、玄夜の言動を近くで見聞きしている彼はどうしようもないと首を降るだけだ。冬路は痛む頭を押さえるようにしながら肩を落とした。幼い頃からよくある構図だった。


「まったくこの若様は……何かあっても自分で始末をつけろよ。俺は知らん」


 うんざりしている冬路から珠が薬室にいると聞き、様子を見に行くことにする。議事録などの残りの仕事は椋人に、冬路に言わせると押し付けた(たのんだ)


(思わぬ拾い物、とはこういうことか)


 巫術師のなんたるかを叩き込まれているらしい珠は即戦力となり得る優秀な巫術師だ。頼もしいことこの上ない。


 そんな珠が新たに送り込まれた薬室は、墨月一族の古い人間の一人である寒翁の領域だ。

 医薬のみならず呪薬を取り扱う寒翁は玄夜の祖父と同世代で、真面目でこだわりが強いところがある巫術師だ。歳を重ねてだいぶ丸くなったが、巫術に対する心構えがなっていないと次期当主だろうが幼かろうが関係なく締め上げられたものだった。いまも「小倅どもの言動が目に余るようなら指導する」と言うのをしばらく様子見させてほしいと玄夜が頼んで止めている。


(珠なら上手くやれるだろう)


 物静かで、無駄口を叩かず、いつも淡々と手を動かしている娘だ。ただ、どこか達観しているような、感情表現に乏しいところは気にかかっている。


 しかし薬室に差し掛かった玄夜の耳に届いたのは、穏やかで控えめな笑い声だった。


「あの子は気性が荒いと聞いたんだがなあ」

「皆さんそう言うんですけど、何故か私には甘えてくれるんです。さすがに薬種を扱った後は苦手な匂いがするみたいで、ちょっと嫌そうな顔をされるんですけど」

「だが、あの露骨に嫌がる顔も可愛いだろう?」

「そうですね。そう思います」


 ふふ、と柔らく温かな声は、玄夜が素早く部屋に入るとぴたりと止まった。

 目を丸くし、何事かと眉をひそめる寒翁を見て、思いがけず大きな足音を立てて押し入ったことに気付く。


「当主殿、いったい何事かね」

「気を抜いて無作法をしてしまいました。申し訳ありません」


 苦笑を浮かべながら素直に頭を下げた玄夜に寒翁は呆れた顔をした。


「ずいぶん疲れとるようだな。茶でも淹れてやろう。ちょっと待っとれ」

「寒翁、私がやるので座っていてください」


 珠が素早く立ち上がった。寒翁から茶葉や茶器の場所を教わり、手際よく茶をこしらえていく。

 覆面から覗く涼やかな目元に、先ほどの声を想起させる笑みはない。それがひどく残念に感じられた。


「なんだ、玄の坊。揚げ足取りの会議で言いがかりでもつけられたか」

「そんなところです。色々言われて傷付いたので優しくしてください」

「二倍にして言い返してきたくせに、よく言う」


 鼻で笑いながらも寒翁は机の引き出しからあられを持ってきた。揚げた餅米に糖蜜をかけた掛け菓子と呼ばれる種類の甘味で、香りと味の強い黒茶によく合うのだ。


「珠、あんたも一休みしなさい」

「ありがとうございます。途中になっているものを終わらせてからいただきます」


 礼儀正しく言って茶を出すと、玄夜にも会釈をして、文書木簡を広げていた机に戻っていく。


「…………」


 立場をわきまえていると言えばその通りなのだが、少し、面白くない。

 しかしその後すぐに椋人が冬路に寄越されてきたため、茶の一杯を干す間もなく仕事に戻ることとなった。




 次に珠と顔を合わせたのは、終業時間の申の刻(十五時)、邸に戻る馬車の中だった。

 珠は「寒翁から預かりました」と言って、玄夜が食べ損ねたあられの入った包みを差し出した。


「ありがとう。私はいいから、君が食べなさい」

「いえ、私はさっきいただきました」

「だったら明日食べればいい。もしかして、甘いものは嫌いかい?」


 ちょっと言葉に迷うような間があった。


「……嫌いではないですけれど……」


 小さな声で言って落ち着きなく覆面の位置を直す姿は、あられが口に合ったようだと気付くには十分だった。曖昧な物言いをしているが甘味が好きなのだろう。気付けば玄夜の口元はごく自然に緩んでいた。


「ならよかった。あられは日持ちするから、好きなときに食べればいい」

「……では、いただきます。ありがとうございます」


 気が進まなさそうにしながら珠は包みを懐に仕舞った。


(そのまま邸の者に配るつもりだろうな)


 自分だけが良い思いをしようなどとは微塵も考えていない。むしろ己を下に置いて誰よりも苦労しなければならないと思っている――珠についての調査報告を聞いたとき、玄夜はそんな印象を抱いた。だから控えめな笑い声を聞いて驚いたのだろう。笑えるのか。なら、どんな顔をして笑っているのか。


「寒翁とずいぶん打ち解けていたな」


 笑わない目元を見ながら言うと、長い睫毛がぱちりと瞬いた。


「笑い声が聞こえていた」

「ああ、猫の話をしていたときですね。騒がしくして申し訳ありませんでした」


 今度は玄夜がまばたきをする番だった。


「……猫?」

「文鎮や小硯に猫があしらわれていたので、気になって見ていたら猫の話になったんです。寒翁は猫がお好きなんですね。こおりのことも知っていました」


 こおりは墨染邸の黒猫だ。そろそろ十歳になる雌で、鼠取りを仕事にしている。

 家族曰く、この猫一族は家に付いているとのことで、生まれた子の一匹が必ず跡を継いで邸に残るらしい。ちなみに先代は『つらら』といった。


「寒翁が、猫好き?」

「はい。家に迷い込んできた猫が、北の方ではなく自分に懐いてきてつい絆されたとか……もしかして秘密だったんでしょうか」


 珠がはたと不安そうな面持ちになる。確かに初耳だったが、玄弥は「気にしなくていい」と手を振った。


「初対面の君に話したのなら、誰かに聞いてほしかったんだろう。我が家の猫が可愛いという話をしたい人は存外多いから、君さえ嫌でなければ付き合ってやればいい」

「わかりました。だったら、こおりとの付き合い方の参考にさせてもらおうと思います」


 気が強く、わがままで、警戒心が強いあまりに気が向かなければ触らせてもくれないのがこおりだった。ただ玄夜のことは主人と認めているようで、他の者にするように牙を剥いて威嚇することは滅多になく、気まぐれに現れて「撫でろ」と要求してくることがある。


「あそこまで癖の強い猫はいないだろう」


 少し間を置いて、くす、と唇が綻ぶ気配がした。


「主人に似たんですね」


 緩んだ目元に見入って、うっかり聞き流すところだった。


「……なんだって?」


 しかし珠は思わせぶりに目を細めて「なんでもありません」と目蓋を下ろしてしまう。

 釈然としないものはあったが、それを笑って流すことにしたのは、彼女が楽しそうに見え、そのことに玄夜が満足感を覚えたからだった。

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