巫術師たる者 1
四竜に供える神饌は、白磁の高坏に盛り付けた米四盛、清酒四献、塩、水四杯。巫術師の家だとより正式に季節の魚と肉、野菜、果物、菓子を加えるのが一般的だ。神事の際はさらに餅や海藻、土地に縁深い特産品を捧げている。
墨染邸ではこれらを竃殿と呼ばれる専用の厨で、一族の巫術師が調製していた。
頭巾にまとめ髪を隠し、白衣をまとい、白布で口元を覆った珠姫は、椋人と協力して神饌の支度をする。
蒸した鴨肉、海老、南瓜を高坏に盛り、蜜柑は皮をよく拭いて照りを出して、盛り合わせた米などと同じように一つ一つ足付きの神饌台に載せて配膳していく。
四竜の祭壇は母屋の塗籠にあった。玄夜は墨月一族の当主として、また護国を司る宮廷巫術師の役割を果たすべく、毎日御饌を供えて祈りを捧げている。身を慎まなければならないときには代理の者が儀式を行うようだ。
夜明け間もない時刻、精進潔斎を終えた玄夜は眠気とは無縁の涼やかさで「ありがとう」とでも言うように膳を並べる珠姫と椋人に目を細めた。日課ながら祈祷に専心するため、潔斎後の玄夜は無言の行を守るのだ。
日々の献饌の儀は玄夜と墨月一族の巫術師が行う。大抵は当主付き従者の椋人がお役目に当たっており、珠姫のような一族外の下っ端巫術師に参仕は許されていないため、速やかにその場を下がる。
しかしそこで仕事は終わりではない。
(急がないと)
母屋の北側にある使用人部屋――当主付きになって与えられた個室へ戻り、頭巾や白布を解いて作業着に着替える。そうして再び母屋へ向かうが、髪をまとめたままだと気付き、歩きながら解いて一つに結わえ直した。
当主の私室の前で跪き「失礼いたします」と一声かけて入室する。
「おはようございます、清子さん」
「おはよう、珠さん」
身支度のための鏡や櫛を用意していた老齢の女房がおっとり微笑んだ。
「玄夜様はいま献饌の儀を執り行っておられるの。だからいまのうちに準備を終えてしまいましょうね」
その御饌は私と椋人殿がこしらえて玄夜様にお渡ししました、とは言わず、珠姫はあくまで新入りの当主付き女中らしく「はい」と素直に頷いた。
ただの女中から主人付きに所属が変わったのは、そのままでは不便だという玄夜の判断だった。
一般的に家の主人と関わる使用人は上位の家従や女房に限られる。珠姫がこれまで雇い主である玄夜の顔を知らなかったのもそれが原因だ。それを踏まえて玄夜は、協力関係になったからには夜となく昼となく駆り出すことになる、不在がちになって怪しまれるだろうからいっそ当主付きにしよう、と長の権限を発動したのだ。
かくして異例の抜擢となった珠姫だが、意外にも周囲の反応は好意的だった。桃子は「珠なら仕方がないなあ、でも羨ましい!」と叫び、真弓は「椋人様がいらしたときにそうなるだろうと思ってたよ」と何故かしたり顔だった。
「清子様もお歳だし、珠のような働き者ならきっと助かるだろうさ」
真弓や下位の使用人たちにそう言われる清子は、当主の身の回りの世話を一手に引き受けている女房だ。なんでも玄夜の祖父に当たる先々代当主の頃から仕えていて、娘の静子もこの邸の女房をしている。
その立場ゆえに代替わりの際の人員不足の影響を最も受けたといっても過言ではなく、新しく雇い入れても仕事が続かない者たちにかなり煩わされたようで、最初は珠姫のこともずいぶん警戒していたらしい。三日経ってそれを正直に打ち明けられた上に謝られてしまい、珠姫の方が慌ててしまった。
「珠さんは私みたいな婆を敬ってくれるし、若様の部屋のごみやがらくたにしか見えないものを勝手に処分するどころかしっかり片付けてくれたでしょう? お仕事も丁寧で本当に助かっているの。さすが若様が選んだだけあるわね」
(だいぶ誤解を生みそうな言い方だ……)
そんなことを考えながら、くれぐれも行動には気を付けようと思った。少なくとも捨てられても仕方がないような巫術の素材や道具を正しく見分けられるただの女中はいない。
献饌の儀が終わると玄夜は朝食を摂る。温かい粥や汁物などの軽い、いわゆる陽の気の食べ物だ。
今朝は塩で味をつけた米粥を啜りながら、清子と珠姫に言った。
「今日は珠を連れていくから、そのつもりでいてくれ」
「別邸の手伝いでございますね。承知いたしました」
その言い回しは珠姫を巫術師の仕事に帯同させることを意味する。正体を隠したいという珠姫の要求通り、『夜廻の術師』に用があるときは、別邸の手入れや雑事を頼んでいるなどということにしていた。
「ここは私に任せて、支度していらっしゃい」と清子に言われ、ありがたくそうさせてもらうことにして、珠姫は玄夜の部屋を後にした。




