【第一章:辺境遭遇戦】
【帰還の路:辺境からの行軍】
辺境伯領での任務を無事に終え、アンジェリカ隊長率いる「三日月と薔薇騎士隊」は、王女を奉じた馬車を囲み、王都への帰路に就いていました。
辺境の荒々しい岩肌が続く街道を、規則正しい馬蹄の音が響きます。
【現在の状況】
中央: 王女が乗る豪華な装飾の馬車。
前方: アンジェリカ隊長が先頭に立ち、周囲を警戒。
後方: マーガレット副長が殿を務め、後方の安全を確保。
側方: エリザベスとヴィクトリアが、それぞれ隊員たちを率いて馬車の左右を固めています。
辺境伯領の境界を越え、王都まではあと数日の距離。隊員たちは疲れを見せず、銀色の鎧を誇らしげに輝かせていますが、アンジェリカの鋭い視線は街道沿いの深い森に向けられています。
「皆、気を引き締めなさい。王都に入るまでが護衛任務です」
アンジェリカの凛とした声が隊に響き、第3騎士隊の面々は無言で頷き、さらに隊列を密にします。
【辺境の街道:静かなる異変】
行軍の右翼を務めていたガブリエラが、ふと馬を止め、周囲の空気に意識を集中させます。彼女は「三日月と薔薇騎士隊」の中でも優れた魔力操作の才を持っていました。
ガブリエラは静かに馬から降り、地面に片手を突き、もう一方の手を空中に掲げます。
【魔法による索敵】
水魔法: 湿った空気の震えを読み取り、数キロ先の生物の呼吸や熱を探知します。
土魔法: 大地に微細な振動を送り込み、街道を外れた森の中に潜む「動かない異物」の配置を把握します。
数秒後、ガブリエラの表情が険しくなりました。彼女はすぐさま馬に飛び乗り、アンジェリカ隊長のもとへ駆け寄ります。
「隊長! 前方500メートル、街道の右側に広がる岩陰と茂みに、複数の伏兵を確認しました。数は約30。呼吸が荒く、殺気を感じます。正規兵ではなく、野盗か……あるいは雇い兵のようです」
アンジェリカは手綱を引き、静かに剣の柄に手をかけました。
「……やはり来ましたか。ガブリエラ、よくやりました。エリザベス、ヴィクトリア、王女殿下の馬車を円陣で囲みなさい! マーガレット、迎撃準備!」
ガブリエラの報告により、静かだった行軍は一瞬にして戦場の緊張感に包まれました。
承知いたしました。アンジェリカ隊長の冷徹かつ苛烈な決断により、「三日月と薔薇騎士隊」は守備に回ることなく、敵を粉砕しながら進む「強行殲滅」へと移行します。
【強行殲滅作戦:紅蓮の薔薇と銀の月光】
「三日月と薔薇騎士隊、全軍突撃! 王女殿下の路を塞ぐ愚か者共を、一人残らず塵に帰しなさい!」
アンジェリカの鋭い号令が響き渡ると同時に、騎士隊は一気に加速しました。
【戦闘の経過】
先制の雷鳴: 先陣を切るアンジェリカが抜剣。伏兵が潜む茂みに向かって、一太刀で真空の刃を叩き込み、潜んでいた者たちを岩ごと粉砕します。
副長たちの連撃: マーガレットとヴィクトリアが左右に展開。「三日月」の名の通り、円を描くような流麗な剣筋で、飛び出してきた野盗たちの武器を次々と撥ね飛ばし、その喉元を貫いていきます。
後方支援と殲滅: 斥候のガブリエラは土魔法で敵の足元を泥濘化させ、逃げ場を奪います。隊長補佐のエリザベスが率いる主力隊員たちが、混乱した敵を馬蹄で踏み荒らし、文字通り「殲滅」していきます。
「ひ、怯むな! 相手は女だぞ!」と叫ぶ敵の首領の言葉が終わる前に、アンジェリカの白銀の剣がその胸を貫いていました。
「女だからこそ、あなたたちのような野卑な者に、王女殿下の影すら踏ませはしません」
わずか数分の出来事でした。街道を塞ごうとした30余名の伏兵は、馬車の速度を緩めさせることすらできず、文字通り「路傍の石」として排除されました。
【状況確認】 街道には沈黙が戻り、馬車は血の跡一つつかぬまま、悠々と王都への道を突き進んでいます。
アンジェリカ隊長は剣の血を払い、鞘に収めました。 「全員、怪我はないわね? 陣形を戻しなさい。王都はもうすぐよ」
このまま何事もなく王都に到着するでしょうか? それとも、この伏兵を差し向けた「黒幕」の影が、王都の門の前で待ち構えているでしょうか。
【深まる警戒:ガブリエラの再索敵】
アンジェリカ隊長の鋭い問いかけに、ガブリエラは再び精神を集中させます。先ほどの鮮やかな殲滅劇に浮き立つことなく、彼女の指先は冷徹に周囲の環境を紐解いていきます。
彼女は馬上で目を閉じ、自身の魔力を糸のように細く、蜘蛛の巣のように周囲数キロメートルへと張り巡らせました。
【索敵結果の報告】
ガブリエラは数秒後、目を見開き、北西の方向??街道が大きく湾曲し、切り立った崖に挟まれた「死の喉元」と呼ばれる難所を指差しました。
「隊長……今の野盗どもは、ただの『撒き餌』に過ぎなかったようです。本隊が控えています」
ガブリエラの声に緊張が走ります。
「前方約1.2キロ、北西の崖上。数は約50。先ほどとは比べ物にならないほど統率された気配です。心臓の鼓動が一定で、重装備の金属擦過音が聞こえます。おそらく、王国軍の旧式装備、あるいはそれに準ずる重装歩兵部隊。さらに??」
ガブリエラは眉をひそめ、さらに遠くを「視」ます。
「崖の背後に、魔力の溜まり場を確認。魔導師が少なくとも3名。大規模な範囲魔法……おそらくは『岩雪崩』を準備しています。私たちの通過に合わせて、崖ごと馬車を埋めるつもりです」
アンジェリカは唇を噛みます。野盗の襲撃は、この「魔法による待ち伏せ」を成功させるための足止めだったのです。
【難所:死の喉元 突破戦】
「三日月と薔薇騎士隊、盾を掲げなさい! 姑息な術ごと、この道を力でこじ開けます!」
アンジェリカの号令を受け、副長マーガレットと、土の属性を持つ斥候隊員たちが前線へ躍り出ます。
【戦闘の描写:属性魔法の連携】
土魔法の強固な防壁: 副長マーガレットを筆頭に、斥候のガブリエラ、セシリア、アレクサンドラら「土」の適性を持つメンバーが即座に詠唱を開始。街道を覆うような強固な土の天蓋を作り出し、降り注ぐ巨岩を真正面から受け止めます。
風魔法による衝撃緩和: 隊長補佐エリザベスは、得意の風魔法を展開。土の防壁に衝突して砕けた岩の破片が馬車に当たらないよう、突風でそれらをすべて左右の崖下へと吹き飛ばします。
水の治癒と沈静: 副長補佐ヴィクトリアは、落下する岩による震動でパニックに陥りかけた馬たちに、清涼な水魔法の霧をかけ、その精神を鎮めて脚力を安定させました。
強行突破: アンジェリカ隊長の火の魔力が、隊員たちの武器に宿ります。赤く熱を帯びた刃で、行く手を阻む小さな岩屑を蒸発させながら、一行は猛然と難所を駆け抜けました。
砂塵が舞う中、三日月と薔薇騎士隊は完璧な連携を見せ、王女の馬車を無傷で守り抜きました。
【森の深淵:三日月と薔薇の追撃】
難所を強行突破した直後、アンジェリカ隊長は手綱を引き、鋭い眼光で周囲の深い森を射抜きました。
「逃がしはしません。森に潜むネズミどもを一人残らず駆逐しなさい! 重盾部隊、馬車を死守。遊撃隊、私に続きなさい!」
【戦闘の描写:属性別・森の殲滅戦】
鉄壁の円陣(重盾部隊): エレオノーラ、ロザリンド(火)、アナスタシア、フェリシティ(風)、**マリアンヌ(水)**の5名が、馬車を完全に包囲。アナスタシアとフェリシティが風の結界で矢を防ぎ、マリアンヌが霧を出し、外からの視認を遮断して王女を絶対守護します。
逃げ場なき索敵(斥候部隊): **ガブリエラ、アレクサンドラ(水・土)**が地面に這わせた土魔法の振動と、**セシリア(土・火)**が放つ熱探知により、木の陰や地中に潜む残党を炙り出します。「北北西、巨木の上。3名。セシリア、焼き出しなさい!」
苛烈なる追撃(遊撃・幹部):
アンジェリカと**カタリナ、フランチェスカ(火)**が、ガブリエラの指し示した座標へ炎の斬撃を放ち、森を焼かぬよう精密に敵兵だけを焼き尽くします。
**マーガレット、ジュヌヴィエーヴ、イザベラ(土)が地割れを起こして敵の機動力を奪い、そこへエリザベス、クリスティーナ、ベアトリクス(風)**が風の刃で音もなく接近し、瞬時に首を跳ねます。
**ヴィクトリア(水)**は、森の中に逃げ込もうとする敵の周囲の水分を操作し、その動きを氷の拘束で止めました。
「助けてくれ、命令に従っただけだ!」という敵兵の悲鳴は、エリザベスの放つ風の唸りによってかき消されました。
アンジェリカは、炎を纏った一撃で最後の魔導師を沈黙させると、静かに剣を振って残った熱を逃がしました。
【殲滅完了:森の静寂】
深い森に再び不気味なほどの静寂が戻りました。街道から外れた茂みには、襲撃者たちの亡骸が転がっています。
ガブリエラが周囲を一周し、アンジェリカに報告します。 「……周辺2キロ、生命反応の消失を確認。残党、すべて殲滅いたしました」
アンジェリカは頷き、馬車の方を振り返ります。 「エリザベス、ヴィクトリア、隊員たちの装備と馬の状態を確認して。マーガレット、まだこの森には何か違和感があるわ。……ガブリエラ、地下はどう? 隠し通路や空洞のような反応はないかしら?」
【緊急事態:鋼鉄の鱗を持つ群れ】
殲滅戦の余韻が残る中、地面に手を触れていたガブリエラの表情が、かつてないほど強張りました。
「隊長、緊急報告です! 地響きを確認……この硬質な振動、メタルリザードです! およそ50体の群れ、距離500! 先ほどの戦闘による血の匂いか、魔導師の魔力暴走に惹きつけられたようです!」
【戦況分析:メタルリザードの脅威】 その名の通り、鋼鉄に等しい硬度の鱗を持つ巨大なトカゲの魔物。物理攻撃が通りにくく、さらに火魔法への耐性が高い厄介な相手です。
アンジェリカ隊長の下した指示:
「火魔法は効果が薄いわね……。土魔法と水魔法を主力にします! マーガレット、ヴィクトリア、あなたたちが鍵よ!」
土と水の連携(脆化作戦): **マーガレット、ジュヌヴィエーヴ、イザベラ、アレクサンドラ(土)が地面を隆起させ、リザードたちの足を止めます。そこへヴィクトリア、マリアンヌ(水)**が極低温の水を浴びせ、急激な温度変化で鋼鉄の鱗を脆くさせます。
風魔法の衝撃(粉砕): 鱗が脆くなった瞬間、**エリザベス、アナスタシア、フェリシティ(風)**が、風の圧力を一点に集中させた「真空破」を叩き込み、鱗ごと肉体を粉砕します。
重盾部隊の防壁(進路固定): エレオノーラ、ロザリンドは火魔法使いですが、今は魔法を控え、重盾の物理的な重さでリザードの突進を押し留め、攻撃班が仕留めやすいよう位置を固定します。
「来ます! 衝撃に備えて!」ガブリエラの叫びと共に、森の木々をなぎ倒し、銀色に光る鋼鉄の群れが姿を現しました!
【戦闘開始:アンジェリカの采配】
アンジェリカは自身の火魔法が効きにくいことを理解し、遊撃隊の指揮に専念します。 「カタリナ、フランチェスカ! 剣を振るうのは鱗が割れた後よ! 今は耐えなさい!」
50体のメタルリザードが、猛烈な勢いで重盾部隊の構える防壁へと激突します。金属音と咆哮が森に響き渡ります。
【絶望の衝撃:崩れる銀の陣烈】
「くっ、冷えるのが間に合わない……!? 全員、回避しなさい!」
アンジェリカの叫びも虚しく、1体2トンを超える鋼鉄の怪物が、凄まじい地響きと共に重盾部隊へ激突しました。
【戦況の惨状】
防壁の崩壊: 重盾を構えていたエレオノーラ、ロザリンドをはじめ、防衛についていたアナスタシア、フェリシティら10名ほどの騎士が、その圧倒的な運動エネルギーに抗えず、木の葉のように空中へと跳ね飛ばされました。頑強なはずの銀の鎧がひしゃげ、森の巨木をへし折りながら彼女たちの体が地面に叩きつけられます。
蹂躙される戦場: 陣形は完全に引き裂かれました。残されたのは、意識を失い倒れ伏す仲間たちと、止まらない50体の鋼鉄の群れ。副長マーガレットも、盾で防ぎきれず腕を負傷し、地面に膝をつきます。
絶望の予感: 「そんな……私たちの魔法が、全く……」 斥候のガブリエラが、震える声で呟きます。目の前では、メタルリザードがその鈍い銀色の瞳で、無防備になった王女の馬車を捉えていました。
アンジェリカの視界が、仲間の流した血で赤く染まります。 最強を誇った「三日月と薔薇騎士隊」が、かつてない全滅の危機に瀕していました。
アンジェリカが死を覚悟し、その美しい瞳に絶望の色が浮かんだ瞬間。彼女の鼻先数センチまで迫っていたメタルリザードの巨頭が、凄まじい衝撃音と共に内側から弾け飛びました。
鋼鉄よりも硬いはずの鱗が、まるで砕けたガラスのように四散し、アンジェリカの頬を赤い返り血が濡らします。
【戦場の静止】
衝撃の正体: 魔法による「熱」でも「斬撃」でもない。それは、圧倒的な質量と速度が一点に集中したことで生じた、純粋な破壊のエネルギーでした。2トンの巨躯が、その勢いのまま地面に崩れ落ち、周囲に激しい砂塵を巻き上げます。
静寂と困惑: 次に襲いかかろうとしていたメタルリザードの群れが、同胞の無惨な最期に本能的な恐怖を感じたのか、ピタリと動きを止めました。倒れ伏していたマーガレットやエリザベスも、目を見開き、信じられないものを見るかのようにその光景を見つめています。
謎の介入: アンジェリカは荒い呼吸を整えながら、リザードの頭を吹き飛ばした「何か」が飛んできた方向??深い森のさらに奥、深い影が落ちる場所へと視線を向けます。
「今の……魔法ではないわ……。一体、誰が……?」
アンジェリカの問いに応えるように、森の奥からゆっくりと足音が聞こえてきます。
目にも留まらぬ速さで、不可視の死神がメタルリザードの群れを刈り取っていきます。
アンジェリカの目の前で、次々と鋼鉄の巨頭が赤い霧と銀の破片を撒き散らしながら爆ぜていきます。魔法の詠唱も、剣を振る予備動作も一切ありません。ただ「パァン!」という乾いた破裂音と共に、2トンの巨躯が次々と物言わぬ肉塊に変わり、地面を揺らして倒れ伏します。
【戦況の劇的変化】
連続する爆散: わずか数十秒の間でした。ガブリエラが計測していた50体の反応が、30、25、20と恐ろしい勢いで消失していきます。鋼鉄の鱗を紙細工のように撃ち抜くその威力に、森の木々すらも衝撃波で震えています。
捕食者の敗走: 残り20体ほどになったところで、メタルリザードたちは理解しました。自分たちが抗いようのない「上位の捕食者」に狙われていることを。あれほど狂暴だった鋼鉄のトカゲどもは、一斉に尻尾を巻き、凄まじい速さで森の奥へと逃げ去っていきました。
戦場に残された静寂: リザードたちの地響きが遠ざかり、後には爆散した死骸から漂う血の匂いと、信じられない光景を前に立ち尽くす騎士たちの静寂だけが残りました。
【救済の後の情景】
アンジェリカは、ひしゃげた盾を捨て、震える足で立ち上がりました。
「……助かった……の?」
副長のマーガレットが、負傷した腕を抑えながらアンジェリカの側に歩み寄ります。 「隊長、今の攻撃……魔法の気配が全くありませんでした。矢よりも速く、爆発よりも鋭い……」
斥候のガブリエラが、攻撃が飛んできた方向を指差します。 「あそこです。森の奥……何かがこちらに歩いてきます」
砂塵がゆっくりと晴れていく中、騎士たちは武器を構え直すべきか、感謝を示すべきか迷いながら、その「救世主」が姿を現すのを待ちます。
深い静寂を切り裂いて響いたのは、あまりにも場にそぐわない、軽妙で平穏な男の声でした。
騎士たちが息を呑む中、森の影から一人の青年が姿を現します。
【沈黙の森:救世主との対峙】
メタルリザードの巨躯が次々と爆散し、生き残った個体が逃げ去った後の静寂。硝煙の匂いすら漂いそうな空気の中、一人の青年がふらりと姿を現しました。
魔法の杖も、剣も、弓も持っていない。それなのに、鋼鉄の鱗を持つ怪物を一瞬で「粉砕」した圧倒的な力の余韻が、彼の周囲に漂っています。
【騎士たちの反応】
言葉を失うアンジェリカ: アンジェリカは、目の前の青年から一切のマナ(魔力)を感じ取れないことに戦慄していました。この世界において、魔法を使わずにあの惨状を作り出すなど、常識では考えられません。
困惑する隊員たち: 負傷したマーガレットや、地面に倒れていたエリザベスら騎士たちも、自分たちを救った「力」の正体が分からず、ただ呆然と彼を見上げています。
青年の問いかけ: そんな張り詰めた空気の中、青年は緊張感のない、あまりにも自然な調子で声をかけました。
「よう 大丈夫か?」
その声は、死線を越えたばかりの騎士たちにとって、この世のものとは思えないほど異質に響きました。
【アンジェリカの返答】
アンジェリカは頬を伝う返り血を拭うこともせず、震える声で答えます。
「……助けていただいた……のですか? あなたが、あの魔物たちを……?」
彼女は、青年の背後にある「何か」をまだ理解できていませんが、目の前の存在が自分たちの全滅を防いだことだけは理解していました。
【神速の癒し:2の5乗の奇跡】
男は惨状を見渡し、短く呟きました。「かなりやられているな」 その手にマナが集まります。しかし、それは騎士たちが知る、冗長な詠唱を必要とする魔法とは根本的に異なりました。
「ヒールバレット 2の5乗」
【奇跡の光景】
指先から放たれる32の光: 男が唱えた瞬間、彼の周囲に瞬時に32発の優しい光の弾丸が形成されました。それは計算されたかのような正確さで、森の中に吹き飛ばされたエレオノーラ、ロザリンド、重傷を負ったマーガレット、そして他の負傷した隊員たち一人一人へと吸い込まれるように飛んでいきます。
瞬時の超回復: 光の弾丸が身体に触れた瞬間、ひしゃげた銀の鎧が内側から押し戻されるように修復され、騎士たちの深い傷が瞬く間に塞がっていきます。2トンの質量に打ち砕かれたはずの骨が繋がり、意識を失っていた隊員たちが次々と目を見開きました。
アンジェリカの驚愕: 「……っ!?」 アンジェリカは自分の目を疑いました。回復魔法は通常、対象一人に集中して時間をかけて施すものです。それを、一度の短い発動で、これほど正確に、これほど強力に、隊員全員へ同時に施すなど、王宮魔導師ですら不可能な所業です。
【癒やされた騎士たちの困惑】
意識を取り戻した隊員たちは、痛みが消えた自分の体を確認し、呆然と起き上がります。
「傷が……消えてる?」 「死んだと思ったのに……体が軽い……」
アンジェリカは、目の前の「2の乗数」を操る男を見つめます。 「2の5乗……32……。あなたは一体、何をしたのですか……?」
男はこの驚愕の光景を前にしても、変わらず淡々としています。
男は驚愕するアンジェリカたちを余所に、ひょうひょうとした態度で爆散したメタルリザードの死骸へと歩み寄りました。
「これ貰っていくね」
そう短く告げると、彼は誰も見たことがないような奇妙な方法で、次々と巨大な死骸を片付けていきます。
【回収:消えゆく鋼鉄の巨躯】
常識外の収納能力: 1体につき2トン、それが30体以上。本来ならば数十台の荷馬車と多大な人手が必要なはずのメタルリザードの死骸が、男が触れる、あるいは手をかざすたびに、まるで最初からそこになかったかのように次々と消えていきます。
騎士たちの静止: 「ま、待ってください……!」 アンジェリカは声をかけようとしましたが、そのあまりに手際の良い、魔法の概念を超えた「回収」作業に圧倒され、動くことができません。マーガレットやガブリエラも、つい先ほど自分たちを全滅寸前まで追い込んだ化け物たちが、ガラクタのように回収されていく様子をただ見守るしかありませんでした。
戦場の清掃: あれほど凄惨だった戦場から、爆散した肉片や鋼鉄の鱗が消え、元の静かな(しかし折れた木々だけが残る)森へと戻っていきます。男にとってこの素材は、騎士団の命よりも価値があるもの、あるいは単なる「報酬」であるかのようでした。
【回収を終えて】
すべての死骸を回収し終えた男は、パンパンと軽く手を払い、再びアンジェリカたちの方を振り返りました。
騎士たちは全員が完治し、立ち上がっていますが、誰一人として武器を向けようとはしません。あまりにも次元の違う力を前に、戦意よりも困惑と畏怖が勝っています。
ここで、護衛対象である王女殿下が、静かに馬車の扉を開けました。
「お待ちになって、旅のお方。……我が命を救い、忠義なる騎士たちを癒やしてくださったのは、貴方なのですか?」
男は王女の問いに、隠す様子もなく短く答えました。
「ああ 俺のバレットだ」
その言葉が何を意味するのか、アンジェリカたちには計り知れませんでしたが、彼がその圧倒的な力で自分たちを救ったという事実だけが重く響きました。
男は周囲を見渡します。50体近いメタルリザードが爆散した結果、街道と森はひどい血だまりと肉片に汚れ、鼻を突くような生臭さに包まれていました。王女の帰還の路としては、あまりに凄惨な光景です。
「ピュリフィケーション」
男が静かに唱えると、その場を清らかな波動が駆け抜けました。
【浄化:清められた森】
瞬時の洗浄: 男が唱えた瞬間、騎士たちの鎧に付着していた返り血、街道に広がっていたおびただしい血だまり、そして空気中に漂っていた血生臭さが、まるで幻であったかのように消失しました。
清浄な空気: そこには、戦いの痕跡である折れた木々こそ残っているものの、空気は森本来の瑞々しさを取り戻し、むしろ以前よりも澄み渡っているようにさえ感じられました。アンジェリカたちは、自分たちの体が魔法的に「浄化」され、精神的な疲弊まで和らいでいくのを感じて驚愕します。
アンジェリカの畏怖: 「バレット、そして浄化まで……。あなたは、魔導師なのですか? それとも……」 アンジェリカの問いに、男は深く答える様子もなく、ただ平然とそこに立っています。
【王都への道】
血だまりが消え、道は清められました。男のあまりにも手際の良い、そして多才な能力の行使を目の当たりにし、副長のマーガレットがアンジェリカに耳打ちします。
「隊長、この方をこのまま行かせて良いのでしょうか。王都に蔓延る『裏切り者』のことを考えれば、これほどの力を持つ方は……」
一方、馬車のステップに立った王女は、男の不思議な力に興味を抱いたように目を細めました。
「貴方のその力、そして汚れを厭わぬ慈悲の心……。宜しければ、王都まで我らと共にお越しいただけませんか?」
男は王女の誘いに対しても、特に気負うことなく、軽い調子で首を振りました。
「遠慮する。じゃあ」
その一言だけを残し、男は何の未練もない様子で、再び森の奥へと歩き出そうとします。
【困惑と焦燥:三日月と薔薇騎士隊】
あまりに淡白な別れ: 王女殿下からの直接の招待、そして救国の英雄として迎えられる名誉。この世界の住人であれば誰もが喉から手が出るほど欲しがるチャンスを、男はまるで「散歩の途中で挨拶を交わした」程度にしか考えていない様子でした。
アンジェリカの焦り: 「ま、待ってください! お名前だけでも……! 恩人に名も聞かぬまま行かせるなど、騎士団の、いえ、王国の恥です!」 アンジェリカは思わず駆け寄り、男の背中に声をかけます。
マーガレットの視線: 副長のマーガレットも、負傷を癒やしてもらったことへの深い感謝と、これほどの戦力を野に放っておくことへの危うさを感じながら、去りゆく男の背中を複雑な表情で見つめています。
王女の微笑: 王女は、自分を拒絶されたことに腹を立てるどころか、その無欲な振る舞いに、より一層強い興味を覚えたようで、静かに微笑みを浮かべたままでした。




