第9話:シエル、初めての敗北(風邪)
「……っ、ハァ……。うるさい、黙れと言ってるだろ……ポンコツ……」
あの冷静沈着なシエルが、珍しく顔を真っ赤にしてキャンプの寝床に倒れ伏していた。
強行軍が祟ったのか、それとも連日のルミナの騒動による心労か……。毒舌を吐く元気すらなさそうな彼を見て、私とガルドはパニックに陥った。
「シエルが死んじゃう! このままじゃ毒舌のないシエルになっちゃう! そんなのシエルじゃないーっ!」
「馬鹿言え嬢ちゃん! シエルは簡単に死なねえ! 俺が気合で体温上げてやる!」
「逆だよガルド! 冷やさなきゃダメなの!」
私は慌てて、前世の知識を総動員した。
まずは、弱ったお腹にも優しい特製の「黄金お粥」作り。魔力で精製した清らかな水と、消化に良い食材をコトコト煮込み、仕上げに少しだけ「体力を回復させる聖属性の魔力」をスパイスとして振りかける。
「シエル、お粥できたよ。……あ、熱いから、ふーふーしてあげるね」
私がスプーンを口元に運ぶと、シエルは焦点の定まらない瞳で私をぼんやりと見つめた。
「……ん……。……あ……」
あんなに拒んでいたのに、素直に口を開けるシエル。
ゆっくりとお粥を飲み込むと、彼はまるで何かに包み込まれたような、穏やかな表情を浮かべた。
「……君は……本当に……」
「え? なに? シエル、どこか痛むの?」
心配で顔を近づけると、シエルは熱に浮かされたまま、私の手を弱々しく握り、消え入りそうな声で囁いた。
「……君は……本当に…………『良い子』、だな……」
「…………えっ!?」
心臓が跳ねた。あの毒舌王のシエルが、今、私を褒めた!?
驚く私をよそに、シエルは満足げな寝息を立てて深い眠りに落ちていった。
「聞いたか嬢ちゃん! あいつ、今、デレたぞ! 完璧にデレたぞ!」
「し、静かにしてガルド! ……でも、シエルが……。へへ、明日起きたら絶対からかってやるんだから」
――翌朝。
「……おい。なぜ僕がルミナの服の裾を握って寝ているんだ。……それと、この部屋の四隅にある黄金に光るお粥の燃えカスはなんだ。説明しろ」
完全に復活したシエルは、いつもの冷たい瞳で私を問い詰めてきた。
「え〜? シエル、昨日あんなに私のこと『良い子』って……」
「記憶にない。……いいか、一秒以内にそのニヤけ顔をやめろ。さもないと、君を光の糸でミノムシにして木に吊るすぞ」
耳まで真っ赤にしながら毒を吐くシエル。
私は確信した。彼はきっと、熱のせいじゃなく、心の底から私たちを「家族」だと思ってくれているのだと。




