第9話 ハズレ者たちの歌
バイラントモール討伐を終え、疲労困憊の4人はギルドのカフェにいた。窓の外はすでに茜色に染まり、夕暮れが今日の終わりを告げている。体中の筋肉は鉛のように重く、結人は目の前のぬるい紅茶を見つめながら、自分の心臓の鼓動がやけに大きく聞こえるのを感じていた。
志摩結人は、目の前のぬるい紅茶を見つめながら、心臓の鼓動が妙に大きく聞こえるのを感じていた。ほんの少し前まで、命を賭して戦った仲間たちと、こうして同じ席に座っている。これまで孤独だった自分には想像もできなかった光景だ。現実感が追いつかず、舌はまだ重い。
そんな沈黙を破ったのは蒼井慎だった。
「なあ、結人」
蒼井は、いつもより少し真剣な声で切り出した。
「俺は、お前たちを誘った。だが、俺たちのことを、まだ何も話してなかったな」
その言葉に、陽向と彩葉もうなずく。
「そうだよね! 改めて、自己紹介しよっか!」
陽向が明るい声で言うと、彩葉は少しはにかんだように微笑んだ。
「私は、月詠彩葉、ヒーラーです。特性は『直感』。…でも、大きな医療ギルドを、追い出されちゃって。血が苦手で、人が傷つくのを見ると、怖くて動けなくなっちゃうんです。ヒーラーなのに、矛盾してるって……みんなに言われちゃって。」
彩葉はそう言って、悲しそうに目を伏せる。
「私は工藤陽向、クラフターだよ! 特性は『気まぐれ』! あたしって、その時の閃きで作りたくなっちゃうの。それに、集中しすぎると周りが見えなくなって、失敗することも多くて……。ギルドの研究部門にいたんだけど、自由な発想が邪魔だって言われて、解雇されちゃった! やっべーよね!」
陽向は、自嘲するように笑うが、その瞳は輝いている。
そして、蒼井が静かに口を開いた。
「俺は、蒼井慎、ガーディアンだ。特性は『手際』。その特性のおかげで、盾さばきや装備の換装は誰よりも速い。…でも、他のガーディアンのように敵の攻撃を耐えることはできない。致命的な攻撃を避けることはできても、仲間を庇いきれなくて、危険に晒したことが何度もあった。企業系ギルドでは、耐えられないタンクだって言われた。…だから、一人になった。」
彼らの言葉に、結人は小さくうなずいた。自分も同じだった。
「…僕は、志摩結人、ウォッチャーです。特性は『器用』。器用貧乏って、よく言われました。なんでもソツなくこなせる代わりに、突出した能力がない。このジョブも、戦闘には役に立たないって、誰も期待してくれませんでした。だから、一人で雑用をこなして、日銭を稼ぐ毎日でした」
結人の言葉に、彼らは静かに耳を傾けた。
「……ありがとう、みんな。正直、こんなに弱点をさらけ出してくれたのは、初めてです」
彩葉が、涙ぐみながら微笑んだ。
「でも、それはさ、私たちが同じだからだよ」
陽向が、結人の肩をぽんと叩く。
「俺たちは、一人じゃダメなんだ。でも、お前たちには、俺にないものがある。だから一緒にやるんだ」
蒼井の目は、確信に満ちていた。
「だから、パーティー名を決めようぜ。俺たちが、これから何者になるのか、決めるんだ」
蒼井の言葉に、結人は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「え、パーティー名?」
陽向が真っ先に食いつく。頬杖をついていた瞳がきらりと輝いた。
「じゃあ、なんか超かっこいいやつにしよ! 『ブレイブ・レジェンド』とか、『ドラゴンスマッシャーズ』とか!」
「あははっ、それはちょっと……私たちには派手すぎかも!」
彩葉が笑顔で首を振る。両手で紅茶を抱えながら、視線はテーブルの木目を遊ばせる。
「でも、元気で可愛い名前にするのはアリかも! ちょっと柔らかくて、楽しい感じ……だよね!」
「確かにな……」
蒼井が苦笑しながら頭をかく。
「俺たちはまだ始まったばかりだ。『伝説』とか『勇者』って言葉は、今の俺たちには遠すぎる」
結人は小さく頷いた。勇者に憧れ続けた自分だからこそ、背伸びした名前の居心地の悪さがよく分かった。
「じゃあさ!」
陽向は諦めずに前のめりになる。
「『トリックスターズ』! あたしたち、ちょっと変わってるし!」
「うんうん! いいかも!」
彩葉も身を乗り出して笑う。
「でも、世間から見たら『ハズレ』って言われちゃうかも、かも!」
その言葉に、結人の胸が小さく痛んだ。確かに、自分たちはそう呼ばれてきた。戦えないガーディアン。血を見られないヒーラー。気まぐれなクラフター。そして、戦闘に不向きとされたウォッチャー。寄せ集めの烙印を押された者同士――。
だが、蒼井の目には自嘲ではなく、不思議な熱が宿っていた。
「だからこそだろ。俺たちは誰にも期待されなかった。『居場所がない』って言われ続けてきた。だったら……自分たちで、その居場所を作りゃいい」
蒼井は拳をテーブルに置いた。その仕草が虚勢ではなく、本気の決意から来ていることを、結人は観察眼で理解した。
「なぁ、結人。お前はどう思う?」
急に振られて、結人は目を瞬かせる。喉が乾き、言葉が出にくい。それでも絞り出すように呟いた。
「……僕たち、ずっと『余りもの』って言われてきましたよね。それなら、逆に……そこから名前を作るのは、どうでしょう」
「余りもの、から?」
陽向が首をかしげる。
「うん。たとえば……『レムナント』って、残り物って意味があります。それに……未来とか希望の言葉を加えて……」
「おぉ、なるほど!」
蒼井が目を輝かせる。
「失われたものから未来を紡ぐ、か……いいじゃねえか!」
「いい感じかも!」
彩葉がぱっと笑顔を見せる。
「でもさ、そのままだとちょっとシリアスすぎない? もうちょい明るい響きにできたら最高だよね!」
「よし、考えてみよう!」
陽向は身を乗り出し、ナプキンに何やら殴り書きを始めた。
こうして、四人の言葉遊びが始まった。
「ネクストレム!」
蒼井が口にする。
「ネクストとの組み合わせだ」
「おー硬派! でもちょっと機械っぽいかも?」
陽向が首をひねる。
「じゃあ、『ホープナス』! ホープとくっつけて!」
「かわいい響きかも!」
彩葉が笑う。
「でもちょっと子どもっぽい感じするかもね!」
「レムナリア、とかどうですか?」
結人が恐る恐る提案した。
「響きの綺麗なアリアを合わせて。残りものが、歌になる……そんな意味を込めて」
「レムナリア……いいじゃん!」
彩葉が弾けるように笑う。
「なんかあったかいし、希望っぽい! 私、この名前めっちゃ好きかも!」
「おー! 確かに響きが綺麗!」
陽向が手を叩く。
「アリアって歌とか旋律だっけ? 余りものが歌になるって、めっちゃいいじゃん!」
蒼井も腕を組み直し、大きく頷いた。
「なるほどな。負け犬の遠吠えじゃなく……未来へ響く歌。悪くねえ」
三人の視線が一斉に結人へと向けられた。結人は一瞬たじろぎ、それでも勇気を振り絞って口を開く。
「……はい。僕も、『レムナリア』がいいと思います」
その一言に、空気がふっと柔らかくなる。自然に蒼井が手を差し出し、彩葉と陽向が重ねていく。そして最後に、結人の手がその上に重なった。
「よし! 今日から俺たちは――レムナリアだ!」
蒼井が宣言する。
四人の手の温もりが、結人の胸をじんわりと満たしていく。孤独の影に縛られてきた日々は、もう終わったのだ。新たな居場所を手に入れた仲間たちと共に、未来への歌を奏でる。その始まりを告げる合図が、ここに響いた。




