第6話 寄せ集めの歯車
結人は、その日も変わらず、ダンジョンへと足を運んでいた。だが胸の奥には、昨日ギルドで見た光景がこびりついていた。黒い防具の男が、泣きじゃくる少女にポーションを差し出し、肩を抱いて励ます姿。その温度のあるやり取りが、どうしても頭から離れなかった。
(……僕も、あの時、何かできたはずなのに)
「ウォッチャー」として、彼女たちの問題点を正確に把握できた。ポーションの残量も、デバイスの損耗も、頭の中に数値として映し出されていた。だが結局、彼は動けなかった。ただ遠くから眺めるだけで、声をかけることすらできなかった。
(僕は、結局、誰かの役になんて立てない……)
その思いが、足を鉛のように重くしていた。ギルド受付で差し出された任務票を、機械的に受け取る。内容は「トリックスパロー(小型鳥型モンスター)のアイテム回収」。倒した後に散らばす癖を持つやっかいな鳥を捕らえ、落とした素材を拾うという、探索者にとっては面倒でしかない仕事だ。
(また、誰かが残した後片づけ、か……)
結人は深いため息をこぼした。他人がやり損ねたものを拾い集めるだけの任務。それはまるで、自分の人生そのものを突きつけられているようで、胸に重くのしかかった。
ダンジョンに足を踏み入れると、湿った土と古びた血の匂いが鼻を突く。結人はゴーグルを装着し、スキャンを開始した。
『個体:トリックスパロー 距離:50m 状態:待機』
『個体:トリックスパロー 距離:65m 状態:移動』
『個体:トリックスパロー 距離:30m 状態:待機』
「ウォッチャー」の視界に、次々と鳥の反応が浮かび上がる。彼は気づかれぬよう身を低くし、微細な動きを追いかける。その軌道さえも正確に把握できるのに、結局できるのは回収だけだった。
(もしこの能力を戦闘に活かせたら……)
一瞬、そんな願望が頭をよぎる。だが彼は戦闘職ではない。結人は無言で、散らばった素材を一つひとつ拾い上げ、死骸を避け、残骸をまたいで進んでいく。他の探索者の後を、影のように辿るだけの存在。
――その時だった。
ダンジョンの奥から、轟音が響き渡った。爆発音と同時に、聞き覚えのある叫び声が届く。
「やっべー! まじでやばい! 罠だこれ!」
結人の心臓が跳ね上がる。あの声。以前ギルドで目にした「寄せ集め」パーティーの一員だ。
(まさか……こんな場所まで?)
彼らがDランク相当の深部に挑んでいるなど、無謀に思えた。結人は立ち尽くす。助けに行くべきか、それとも背を向けるべきか。答えを出せないまま、胸の鼓動だけが速まっていく。
(……いや、だめだ。僕なんかが行っても何もできない)
そう自分に言い聞かせ、踵を返そうとしたその瞬間。視界に走った情報が彼の足を止めた。
『個体:??? 状態:戦闘中』
『個体:??? 状態:戦闘中』
『個体:??? 状態:待機』
(……待機? 戦闘中なのに?)
違和感が胸を貫く。通常、敵が戦闘中に動きを止めることはありえない。まるで観戦しているかのような存在が、一人だけそこにいる。結人の「ウォッチャー」は、その不自然な挙動を確かに捉えていた。
(人……? まさか、この中に、僕と同じような……)
考えが頭を駆け巡る。戦いを俯瞰する者。自分と似た誰か。確証はない。それでも胸の奥に小さな熱が灯った。結人は迷いを振り払うように拳を握り、奥へと駆け出した。
(……もしかしたら、僕にもできることがあるだろうか)
それは微かな希望だった。だが結人にとっては、初めて自ら掴もうとした光だった。




