第30話 薄闇の序曲
ギルドの執務室に、結人たち《レムナリア》の姿があった。
前回の探索で発見した巨大な爪痕について報告を終えると、職員は険しい表情で首を振った。
「Dランク強敵の可能性があります。しばらくは森方面の依頼は調整されるでしょう」
場の空気がわずかに重くなる。蒼井が腕を組み、深刻な顔でうなずいた。
「やっぱりか……。あの痕跡はあいつ……だよな」
だが、結人はすぐに頭を切り替える。
「とりあえず、次の任務に集中しよう。無理な戦いは避ける。それが俺たちの方針です」
彼の声に、場の緊張が少し和らぐ。
掲示板の前。並んだ依頼票の中から、次の任務を探す。
彩葉が一枚を指差した。
「薬草の採取任務、どうかな? でも……場所がまた森だね」
「いや、しばらく森は避けましょう」結人が首を振る。
そんな中、翔子が一枚を抜き取った。
「……これはどうですか。《薄闇の洞窟》に発生した小型モンスター討伐。対象は《スケルトン・ラット》です」
《スケルトン・ラット》――かつて、火力不足に苦しめられた敵だ。
「よっし、今度こそ俺の出番だろ!」
烈が拳を鳴らし、闘志を漲らせる。目が輝き、呼吸は荒く、まるで戦闘そのものを待ち望んでいるかのようだ。
「まずは作戦を立てましょう」と翔子が冷静に紙とペンを取り出す。洞窟の地形をタブレットに映し出し、通路の狭さや敵の配置を示す。
「まず確認です。《薄闇の洞窟》の通路は狭く、敵は群れで押してくる習性があります。焔堂さんの拳の衝撃は強力ですが、狭い通路で使えば崩落の危険もある」
「なんだよ、手加減しろってのかよ?」
烈が眉をひそめる。
「そうではありません。むしろ焔堂さんの攻撃は切り札です。ただ――広間など、敵を誘導できる場所でこそ最大限に活かせます」
蒼井が顎に手を当て、うなずいた。
「確かにな。通路は俺が盾で押さえる。烈は広い場所で暴れてくれた方が効率的だ」
「それなら、ドローンで先に敵の数を調べられるよ!」
陽向が嬉しそうに手を挙げる。
「狭い通路なら、天井に罠を仕掛けて光で混乱させられるし!」
「私は後衛から回復に専念します。もし誰かが前に出すぎても、支えられるように、だよね!」彩葉が静かに言う。
翔子は一同を見渡し、さらりとまとめる。
「――囮は私。敵を広間に誘導し、合図で焔堂さんが突撃。蒼井さんは通路を封鎖。工藤さんは罠と探索。月詠さんは回復。そして志摩さんは全体の調整を」
烈は腕組みをして舌打ちする。
「小難しいことばっか言いやがって……」
「合理的にです。無駄を省くための手順です」
翔子の声は冷静だが、わずかに緊張が混じっていた。
結人が笑って烈の肩を叩いた。
「大丈夫です、烈さん。あなたの力は要ですから。翔子さんの作戦と合わせれば、もっと強くなれます」
「……ふん、わかったよ」
烈は渋々と頷いた。
結人はタブレットを閉じ、皆に視線を向ける。
「今回は力任せじゃない。連携とタイミングが勝利の鍵です。全員、役割をしっかり意識していきましょう」
《薄闇の洞窟》――光はほとんど届かず、湿った空気が肌にまとわりつく。
天井から落ちる水滴の音、狭い通路に反響する自分たちの足音。結人のゴーグルと陽向の小型ドローンの光だけが頼りだ。
「気をつけてください……足元が滑ります」
結人の声に、陽向がドローンを飛ばして足元の安全確認を行う。彩葉は杖を握り、回復呪文の準備を怠らない。
「ここからが本番です」
翔子は前を歩き、剣を抜いた。
やがて、カチカチと骨の擦れる音が響く。通路の先に《スケルトン・ラット》の群れが姿を現した。
翔子は静かに剣を構え、囮として誘導する。
「焔堂さん、まだです。……今!」
「おうっ!」
合図に合わせて烈は突撃――予想通り作戦がうまく回る。
烈が拳を振るう。衝撃でラット数匹が一瞬で砕け散る。残りは蒼井の盾に阻まれ、進軍を止められる。
「今だよ、陽向さん!」
結人が指示を飛ばすと、陽向のドローンが通路の上に罠を展開。閃光が炸裂し、ラットたちが混乱する。
すかさず彩葉が詠唱を重ね、前衛の蒼井と烈に回復の光を送った。
戦闘はテンポよく進む。
烈の拳が何度も振るわれ、ラットの骨は砕け、衝撃が通路に響き渡る。
蒼井の盾は通路を塞ぎ、敵の進軍を食い止める。
陽向の罠が幾度も爆発し、ラットたちは混乱しながら倒れていく。
結人は全体を見渡し、瞬時に位置を微調整。スモールソードを手に隙間を埋める。
翔子の冷静な采配と烈の力強い突撃が噛み合い、敵は一方的に押し潰されていく。
「やっぱ、俺が前に出ると早いな!」
烈が笑みを浮かべるが、翔子は冷たい視線を向ける。
「まだ一戦目です。油断しないように」
結人は息をつき、仲間の動きを見守る。
翔子の軽い剣の振りと、敵の動きを観察する目には冷静さと微笑みが混ざっていた。
「このまま進めば、大きな群れに当たる前に広間まで誘導できますね」
翔子の声に、烈は少し顔をしかめつつもうなずく。力任せではなく、計画通りに進むことの大切さを、少しずつ理解しているようだった。
《レムナリア》の連携は静かに機能し、最初の難所を越える。小型モンスターは次々に倒され、通路には爽快な打撃音と魔法の閃光が散った。
「うん、これならいけそうだ」
結人は内心でつぶやき、チームの動きを見守った。序盤の探索は、翔子の作戦と仲間たちの調整で、完璧とはいえないが、確実に前進していた。
緊張と安堵が入り混じる中、《レムナリア》は奥へと進んでいった。




