表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/24

第3話 見えない壁

 結人は、今日も任務を終え、疲れた足を引きずりながらダンジョンを出た。湿った土と古い血の匂いが、まだ衣服に染み付いている。帰り道、夕暮れ色に染まる街の雑踏を歩きながら、彼は無意識にスーパーの特売コーナーへ目をやった。


(……もやし、安いな……)


 レジ袋一つで夕食を済ませる自分の姿を想像し、少しだけ苦笑した。隣を通り過ぎる探索者たちは、どれも光り輝く戦果を手にして、楽しそうに会話している。


「この前のバイラントモール、やばかったわ! 音響デバイス使ったけど、まじで手こずったぜ!」

「いや、俺の毒槍の一撃が効いただろ? 流石、俺の槍!」

「俺の罠がなきゃ、二人とも死んでたんだぞ!」


 彼らの笑い声と軽口が、まるでガラスの壁を隔てているかのように、結人を孤独の中に押し込む。彼はふと立ち止まり、静かにため息をついた。


(……僕には、あんな会話は、できないんだ……)


「ウォッチャー」という彼の能力は、戦闘の華やかさとは正反対の存在だ。仲間と肩を並べ、敵を討ち、笑い合う喜びには縁がない。彼は常に影に潜み、他人の戦果を拾い上げて金に変える。誰も褒めてはくれないし、感謝さえもされない。それが自分の役目だと、頭では理解していても、心は折れそうになる。


 スーパーのレジに並ぶ。自分の手元にはレジ袋が一つ。隣の高ランク探索者たちは、装備品や高級食材を山のように買い込んでいる。彼らと自分とを隔てる「見えない壁」の厚さを、改めて痛感した。


(僕には……あんな人生は、手に入らないんだ……)


 帰宅し、もやし炒めを作る。フライパンの中でパチパチと跳ねる油の音に、少しだけ心が和む。しかし、一人で食べる夕食はあまりにも静かで、咀嚼の音だけが空気を震わせる。


(……おいしいのに……なぜ、こんなに虚しいんだろう……)


 食後、彼はスマートフォンを手に取り、探索者用掲示板アプリを開く。今日のダンジョンでの戦果や愚痴、相談がリアルタイムで流れ、まるで世界の騒がしさを凝縮したかのようだった。


【速報】Dランクパーティ「ライトニング」、バイラントモール群の討伐成功!

「Dランクでも、やっぱり一筋縄ではいかない相手だったらしい」

「俺らのパーティはまだまだだな、次は連携を見直さないと」


【愚痴】うちのパーティ、今日全然連携取れなくてやばかった…

 わかる。うちも。もう解散したい…


【相談】ウォッチャーの人いますか? 本当に役立たずなんですか?

 経験者だけど、結論から言うと無理。パーティ組めないし、ソロだと雑用しかできない。


 結人は、最後の書き込みを読み終え、スマートフォンをそっと置いた。掲示板に流れるのは、戦いの熱と苦悩の声。自分の居場所は、そのどこにもない。


(……やっぱり、僕は……ただのハズレなんだ……)


 どれだけ工夫しても、どれだけ努力しても、この「見えない壁」を超えることはできない。ウォッチャーは、ウォッチャーのままだ。敗者は、敗者のまま。


 それでも心の奥で、小さな声がくすぶる。


『本当に、このままでいいのか……?』


 幼い頃、憧れた「勇者」の姿が脳裏をよぎる。仲間と肩を並べ、敵を打ち破り、喜びを分かち合う──そんな姿は、遠い幻影のように感じられた。今の自分には、そこに届く力はない。あるのは、誰かの戦いの残骸を拾い、静かに日銭に換える力だけだ。


 夜が深まり、街の灯りが窓に映る頃、結人はもう一度小さなため息をつく。孤独な朝はまだ続く。だが、どこかで微かな希望もくすぶっていた。


 その日の夜、結人は、日課であるノートの記録を始めた。

 今日の出来事を、淡々と書き込んでいく。

 そして、その日のページの隅に、いつもとは違う文字を書き足した。


「観察の可能性」


 それは、彼が「敗者」の朝から抜け出すための、最初の、そして、かすかな光だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ