第29話 噛み合わぬ“けん”
模擬戦の翌日。
結人たち《レムナリア》は、仮加入の翔子と烈を伴い、Dランクダンジョン《木漏れ日の森》へ向かっていた。
依頼は「植物素材の採取とモンスター分布調査」。戦闘は主目的ではない。
ダンジョンに入った瞬間、湿った土と草の匂いが鼻を刺した。木々のざわめきと鳥の声が重なり合い、光を遮る枝葉の間から木漏れ日が斑に差し込む。道なき道は蔦と倒木に塞がれ、足元は苔に覆われて滑りやすい。まるで生きている迷路に迷い込んだかのようだった。
「さて、今日は情報収集と資材採取だ。無理せず、慎重に行こう」
結人が言葉を放ち、仲間たちの視線を受け止める。
「うおお、久々の森だぜ! 俺の拳が火を吹くかもな!」
烈は早くも拳を振り回すが、結人が制する。
「烈さん、落ち着いて。今日の任務は戦いじゃない」
結人が手を伸ばして制すると、烈は舌打ちして肩をすくめた。
「ちぇっ、わかってるって。ちょっと気合入れただけだ」
「観察が優先です」
翔子が淡々と補足する。鋭い眼差し、整然とした装備。けれど、腰のポーチを直す仕草が妙にぎこちなく、彼女の不器用さをかすかに漂わせていた。
陽向は周囲の木々を見回し、声を弾ませる。
「森っていいね! あ、ここの根っこ、滑りやすそう! 私が先に補強するよ」
彩葉は静かに歩を進めながら、ふと立ち止まる。
「……空気が変。ここ、ちょっと怪しいかも。踏む前にチェックしておこうね」
「うわ、マジで迷路じゃん!」
烈が大声で吐き出すと、すぐ後ろの陽向が笑いながら罠を指差した。
「ほら、こっち! 毒矢の仕掛けだよ。危ないから踏まない!」
翔子は地面の踏み跡や樹皮の傷を観察しながら、記録を取る。
「ここ、倒木で通路が狭くなっています。注意が必要です。落とし穴も複数ありそうですね」
結人は彼女の分析を聞き、作戦を指示する。
「じゃあ、慎さんは前方の安全確認。烈さんは万一に備えて横をカバー。翔子さんは後方で分析。陽向さんと彩葉さんは罠の処理とサポートを」
「了解!」
慎は盾を軽く叩きながら先頭に立つ。
森の奥で、〈ドールマネキン〉が二体現れた。木肌のような身体を軋ませ、ぎこちない足取りで迫ってくる。狭い通路が緊張を強いる。
「来たか……慎さん、前に出て!」
結人の指示と同時に、烈が拳を構え突撃した。
「よっしゃ、俺がぶっ飛ばす!」
烈が突撃し、拳を叩き込む。だが、その直前、翔子が剣を振り下ろそうとしていた。烈の動きで軌道が乱れ、空を切る。
「……私の間合いを潰さないでください」
冷ややかな声に、烈はにやりと笑い返した。
「チマチマやるより、早えだろ?」
「無駄に体力を使えば、後が続きません」
「はぁ? 敵は倒せば終わりだろ!」
二人の声がぶつかり合う。慎が苛立ち気味に唸りながら、盾で敵の攻撃を弾いた。
「お前ら、今はケンカしてる場合じゃねぇ!」
陽向は慌てて枝を折り、足元の穴を塞ぐ。
「もうっ、チームプレイ忘れてない!?」
翔子は息を整え、短く指示を飛ばした。
「焔堂さん、右から! 私が左を取ります!」
「チッ……わかったよ!」
次の瞬間、二人の攻撃が左右から同時に叩き込まれ、ドールマネキンは粉砕された。
しかし、烈は後ろを振り返らず勝ち誇ったように吠える。
「見たか! 俺の拳、最強だろ!」
「……偶然の一致です」
翔子は剣を納めながら呟いた。その声は冷たかったが、わずかに震えが混じっていた。
蒼井は盾を構えながら、低く吐き捨てる。
「片方は突っ走り、片方は慎重すぎる。……極端だな」
結人は二人のやり取りに小さく息をつき、心の中で決める。
――この二人をどう噛み合わせるか。それが課題だ。
戦闘を終え、さらに奥へ進むと、空気が変わった。木々は不自然に折れ、地面には巨大な足跡と鋭い棘が散らばっている。
「おい、これ……デカいのがいるぞ!」
烈が嬉々として声を張り上げ、拳を握りしめる。
翔子はしゃがみ込み、足跡をなぞった。
「この幅と深さ……Dランクを超えています。大型個体の可能性が高い」
「なら、一発ぶっ飛ばしてやればいい!」
烈が前へ踏み出す。
「待ちなさい。情報も準備もなしに挑むのは愚策です」
翔子が鋭い声で制止する。烈は振り返り、舌打ちした。
「アンタはビビりすぎだ!」
「慎重さを恐怖と混同しないでください」
張り詰めた空気の中、結人が間に入り、両手を広げて制した。
「……烈さん、翔子さん。落ち着いてください。今は任務を優先しよう。今回は調査と採取だ」
烈は渋々拳を下ろし、翔子も小さく息を吐いた。
一行は痕跡を記録し、撤退を決断する。
木漏れ日の森を後にする足取りは軽くはなかった。




