第28話 賑やかな調律
模擬戦から一夜明けた翌朝。
街の朝は、いつもより賑やかに感じられた。アスファルトの道路を行き交う人々の声、屋台やカフェから立ち上る湯気、配送ドローンの羽音や自動車の走行音。ダンジョンを中心に発展したこの都市では、探索者向けの店も多く、さまざまな物資や装備を求める人々が忙しそうに動き回っている。
結人は仲間たちと共にギルドを出て、大通りを歩いていた。その横には、まだ正式加入ではないが、一緒に行動することになった烈と翔子の姿がある。
「こうして街を歩くの、みんなと一緒だと新鮮だね」
陽向が伸びをしながら、ビルの合間に見える青空を眺める。
「全員で買い出しなんて珍しいよね」
彩葉は軽く微笑みながら、翔子に視線を向けた。
「せっかくだから、一度空気感を確かめてもらおうと思って」
結人は少し気恥ずかしそうに言葉を継ぐ。
「模擬戦だけじゃ見えないこともあるだろうし」
「なるほど……ありがとうございます」
翔子は丁寧に頭を下げる。その仕草は落ち着いているのに、ほんの少しだけぎこちない。模擬戦では冷静だったが、慣れない集団行動に戸惑いが隠し切れていないのだろう。
街の通りは朝から活気に包まれていた。香ばしいパンの香り、フルーツや惣菜を並べる露店の威勢のいい声、配達ロボがせわしなく行き交う。雑多な喧騒の中、翔子は少し戸惑いながらも、皆の後に続いていた。
「お、こっち見ろ! この保存食セット、まとめ買いだと安くね!」
烈が商品棚から豪快に袋を取る。
「ちょっと待って、それ絶対多すぎるよ!」
彩葉が慌てて止めに入る。
「探索に食い物は必須だろ? 大は小を兼ねるってやつだ!」
烈は胸を張るが、慎がすかさず冷静に突っ込んだ。
「兼ねた結果、持ち運びで荷物がかさばり、食べきれずに腐らせる未来が見えるな」
「……ぐっ」
烈が一瞬言葉に詰まると、彩葉は思わず噴き出してしまった。
そんなやり取りを横目に、翔子は少し後ろから彼らを見つめていた。昨夜の模擬戦の疲れも見せず、背筋を伸ばして歩くその姿は落ち着いている。しかし――彼女の手元の紙袋は、すでに角が裂けかけていた。中に詰め込まれた野菜が今にも転がり出しそうになっている。
「あ、しょーこさん! それ底抜けてる!」
陽向が指差すと、翔子は慌てて袋を抱え直した。
「……あ。す、すみません。気づくのが遅れて」
おずおずと微笑む仕草はどこか抜けていて、結人は肩の力が抜けるように笑ってしまった。
◇
買い物を進めるうちに、自然と女子組が雑貨屋の前で立ち止まった。
「翔子さん、こっち!」
彩葉が声をかけると、翔子は小走りに追いかける。
彩葉が棚から小さな髪飾りを手に取る。
「見て、この花型のやつ、かわいくない?」
「うわ、ほんとだ! あやはちゃん、似合うよ!」
陽向も目を輝かせてうなずく。
翔子は少し迷ったあと、色違いの飾りを手にした。
「こういうの……普段はあまり選ばないんですけど」
「えー、しょーこさんって大人っぽいから、こういう落ち着いた色似合うと思う!」
陽向が無邪気に言い切り、彩葉も「うんうん」と同意する。
翔子は照れくさそうに笑った。
「でも、戦闘のときに外すのを忘れそうで……」
「そこは気をつけよ!」
彩葉と陽向が同時に突っ込み、小さな笑い声が弾けた。
結人は少し離れたところからその様子を眺めていた。
模擬戦のときは烈の荒々しさと、自分の戦術との間で迷いが見えた翔子も、こうして少しずつ打ち解けていっている。仲間の輪が自然に広がっていくのを実感し、結人の胸にも温かさが広がった。
◇
昼前、カフェに寄ると、翔子が真剣な顔で並ぶ菓子パンやサンドイッチを見比べていた。
「……えっと、このクロワッサンと、このクリームパン……どちらが皆さんに喜ばれるでしょうか」
「どっちも普通に美味しいと思うけど」
陽向が苦笑する。
「じゃあ両方買っちゃえば?」
彩葉の提案に翔子は真剣にうなずく。
「なるほど……確かにその方が確実ですね」
まるで作戦会議に挑むような口調に、烈が吹き出す。
「お前、パン一つ選ぶのにも戦術立てんのかよ」
翔子は首を傾げてから、小さく笑った。
「……習慣なんです。動く前に、つい考えて分析してしまうのが」
結人は横で聞きながら、彼女の言葉を心に留めた。
冷静で論理的な思考、それが翔子の強みであると同時に、彼女自身の性格にも深く根付いているのだろう。
◇
買い物を終え、ギルドに到着すると、掲示板には新しい依頼が並んでいた。
戦闘系の討伐依頼だけでなく、探索や収集の仕事も目立つ。
「次はどれにする?」
彩葉が尋ねると、烈は戦闘依頼の紙を指差す。
「やっぱガツンと魔物退治だろ!」
結人は掲示板の前で一瞬考え込む。翔子の表情を横目で確認し、烈の勢いを見て、自分なりの戦術を頭の中で組み立てた。
(烈さんの突進力と翔子さんの分析力、それにみんなの力をどう絡めるか……よし、今日はこの依頼だな)
一つの依頼を指差し、そしてゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、この依頼をやろうと思うんだけど、どうかな?」
仲間たちの反対もなく、6人で挑むクエストが決定した。




