第27話 完璧の欠片
ギルド練習場。
金属質の床と透明な防護壁に囲まれた無機質な空間。
中央に立つと、壁面のホログラムが起動し、草原、荒野、廃墟……次々に戦場の情景が映し出される。
「今日の設定は……廃墟ダンジョンか」
結人は操作パネルをなぞり、小型スキャナー付きのゴーグルを額に上げた。
陽向が小さく跳ねるように駆け寄って来る。
「ゆいとくん! 新しい仲間、楽しみだね! 模擬戦も一緒にやるんでしょ?」
彩葉は少し身を引き、慎重に周囲を見渡す。
「支援タイミングも変わるよね。……でも、ドキドキするかも」
蒼井は腕を組み、静かに口を開いた。
「受け入れる前に、どんな人物かを見極めるんだ。焦る必要はない」
そのとき、練習場の扉が静かに開いた。
短く整えた黒髪、ダークグレーの瞳。黒のボディスーツに戦闘ベスト。腰には折り畳み式の双剣、さらに拳用のグローブ型デバイスを装着した女性が現れる。
「こんにちは。レムナリアの皆さんですか?」
落ち着いた声。柔らかさの奥に、確かな強さを宿していた。
「……あ、はい。私たちです」
結人は少し驚きつつも答える。
「私は藤堂翔子です。応募の件、ありがとうございます。どうしても一度参加させてほしくて」
名乗りながら軽く会釈をする。
結人は姿勢を正し、うなずいた。
「ええ、応募の連絡は受けています。まずは自己紹介をお願いします」
「ウォーリアの藤堂翔子だ。前線での経験はある。ただ……完璧を求めすぎて、一瞬の判断が遅れることがある。それで前の仲間に迷惑をかけた。だから今度は、欠点を補い合える仲間を探している」
「ふーん、なるほど。……じゃあ、簡単に模擬戦でもしてみるか」
蒼井が拳を握り、仲間たちへ視線を送る。
「まずは動きを見せてもらおう」
陽向が翔子に笑顔で手を振る。
「よろしくね!」
「よろしく、翔子さん!」
彩葉も手を振った。
「ここは“欠点を責める”より“うまく使う”感じだよ、だよね!」
「……ええ、よろしく」
翔子は軽くうなずく。
結人が操作パネルに指を滑らせ、全員へ告げる。
「今日の設定は『廃墟ダンジョン』。狭い路地が多いから、仲間との距離を意識してください」
「狭い路地なら俺の拳が活きる!」
烈は黒赤の法衣の袖をまくり、魔力をこめた拳を握りしめる。
「はぁ……また勝手に突っ込まないでよね」
陽向はドローン端末を抱え、ため息交じりに笑った。
ホログラムが展開し、崩落した街路と瓦礫の影に、鋼の装甲を身に纏った兵士型モンスターが姿を現す。
(初めて会う人だし、まずは観察しながら進めるか)
結人は頭の中で作戦を描く。
「蒼井さん、中央通りでアンカー。陽向さんは右路地に罠散布。彩葉さん、ヒール準備。烈さんは左の路地から背面へ。――翔子さん、僕のカウントに合わせ、烈さんの隙を突いてください」
「了解」
蒼井がシールドを滑らせるように前へ出る。槍撃を受け流す――が、勢いを流しすぎて足元がわずかに乱れた。
「っと……悪い、結人」
「大丈夫です。半歩だけ戻ってください、はい、そこ」
「右、罠散布完了~! ドローン、いっきまーす!」
陽向のドローンが瓦礫越しに閃光弾を転がす。
「やっべ、ちょい強め! ごめんごめん!」
「問題ないかも! 眩む前に回復いくかも!」
彩葉の指先が光を描き、烈の拳に淡い治癒の膜が宿る。
「任せろ!」
烈が路地を駆け、炎の拳を振り下ろす。装甲がたわみ、留め具が弾けた。
「志摩、カウントを」
翔子が低く言う。
「3、2、1――今です、翔子さん!」
双剣が肩口へ斜めに走る。装甲の継ぎ目を突き、兵士型の巨体が崩れた――
だが別個体の反撃。翔子の瞳がわずかに揺らぐ。(最適は左か、いや焔堂は右――)一瞬の思考の渋滞。
「どけ!」
烈の拳がかすめ、翔子の肩を軽く弾いた。
「……すまない。志摩さん、右回避に切り替える」
「翔子さん、右へ二歩。次は“先に”踏み出してください」
結人の声に翔子は頷き、今度は迷わず動く。
烈が敵を吹き飛ばす。その隙を逃さず翔子の双剣が閃き、鋼の装甲を裂いた。
結人はスモールソードを握り、全体を観察する。
(翔子さんは理知的だが……考えすぎてタイミングがずれる。烈の荒々しさとぶつかる部分をどう調整するか。今は見極めのときだ)
次の局面。敵が三方向から迫る。烈が再び突っ込もうとする。
「待て、烈! 右の敵は俺が抑える!」
蒼井が声を張るが、烈は拳を振り上げていた。
翔子が素早く烈の前に立ち、片手を伸ばす。
「焔堂さん、拳の威力を三割落として速度重視で!」
初対面ながら、冷静な提案。
「俺に指図――!?」
「命令ではありません、提案です」
烈は一瞬言葉に詰まらせる。
苛立ちを吐き出すように拳を振る――だが翔子の提案通り、力を三割抜いた。
拳は軽く敵を弾き、空いた隙へ翔子のブレードが突き込まれる。
「……ほら、やれるでしょう」
涼しい声に、わずかな笑み。
烈は悔しそうに舌打ちするが、内心は悪くない。
(クソッ、言われるままにしたのに……うまく決まっちまったじゃねぇか)
「やるじゃん、しょーこ!」
陽向が指笛を鳴らした。
戦闘は転がるように進み、欠点と長所が噛み合わさっていく。
蒼井が抑えきれるよう敵数を調整し、陽向の即興は結人のカウントで事故を避ける。
彩葉は傷つく前にヒールを先打ちし、烈の“熱”は翔子の冷静さで形に変わる。
――最後の一体が霧散した。
静けさの中に仲間たちの呼吸音だけが響く。
結人はゴーグルを外し、深く息を吐いた。
「お疲れさまでした。……翔子さん、ありがとうございます」
「……初参加にしては上出来だな」
蒼井が盾を下ろし、率直に言う。
彩葉が駆け寄り、にっこり微笑む。
「翔子さん、すごい! 最初はちょっとタイミングずれちゃったけど、最後はぴったりだったよ」
陽向は手を叩いて笑みを浮かべる。
「即興工作の幅も広がるね!」
「……貴方たちの連携、よく分かりました。無駄が少なく、互いを補っている。合理的ですね」
烈が「まあ、オレは突っ込むだけだけどな!」と笑い、陽向が「でも、それがハマるんだよね」とうなずく。
蒼井と彩葉も安心した表情を見せる。
結人は静かに言った。
「翔子さん、もし良ければ……次は実戦の依頼で、一緒にどうですか?」
翔子は小さくうなずく。
「承知しました。――力を尽くします」
練習場を出る一行の足取りは、まだぎこちなさを残しながらも確かな手応えを刻んでいた。
小さな欠片が噛み合う音が、確かに聞こえた気がした。




