第25話 拳と心、開く夜
採取任務を終えた一行は、夕暮れに染まる街を抜け、ギルドへ戻ってきた。
受付で素材を提出し、手続きが済むと、依頼完了の証として報酬が渡される。
普段なら慣れた流れだが、今日はどこか空気が違った。疲労の中に、微妙な緊張と期待が入り混じっている。
蒼井がテーブルに広げられた報酬を眺め、眉をひそめた。
「思ったより報酬が少ないな……」
採取目標の《苔花》は無事だったが、戦闘で破壊されたスモッグビートルの素材分が大幅に減額されていた。
「虫の素材、粉々だったもんね」
彩葉が小さく笑ってつぶやく。
烈は苦笑いを浮かべ、頭をかいた。
「……悪い。加減は苦手なんだ」
「わかってるならいい。次から気をつけろ」
蒼井の声には苛立ちはなく、諭すような響きがあった。二人の間に完全な信頼はまだないが、確かな変化は見えた。
烈はうつむき、短い沈黙の後で口を開いた。
「加減なんて、俺には一番苦手なことなんだよ」
その表情には、僅かな影が差していた。
陽向は、落ち込む烈に声をかける。
「烈、でもさ! アタシ、烈のパンチの衝撃波で、新しい発明のヒントもらっちゃったもんね! 絶対すごいのができるって!」
陽向の明るい声に、烈の表情が少しだけ和らぐ。
蒼井は自分の分の報酬を整理しつつ、烈に視線を向ける。
「……依頼自体は問題なくこなせたな。ただし烈、お前の立ち回りはやっぱり危なっかしい」
烈はふんと鼻で笑う。
「けど、敵は全部倒れただろ? 俺の拳、役に立ったじゃねえか」
結人も口を開く。
「烈さんの力は本当にすごい。でも、息を合わせないと危険も大きい。……だからこそ一緒に工夫したい」
烈は舌打ちしつつも、拳を震わせたまま黙り込んだ。
「でもさー」
陽向が重苦しい空気を和らげるように笑った。
「烈がいたから採取もスムーズに終わったんじゃん? アタシ、めっちゃ楽しかったよ! あんな大暴れ見られるなんて、刺激ありすぎ!」
彩葉は微笑みつつも、どこかほっとした表情。
「陽向ちゃんはポジティブすぎ……でも、助けられたよね」
烈は皆のやり取りを聞きながら、口を少し引き結び、ぽつりとつぶやく。
「……一人でやるよりは、悪くなかった」
「ん?」と陽向が首をかしげる。
烈は頭をかきながら、照れ隠しで続けた。
「俺は拳で戦うしかねえ。ギルドじゃ笑われるし、居場所なんてなかった。でも……お前らと組んでると、不思議と“戦ってる”って実感があるんだ。……そういうの、続けてもいいかもなって、ちょっと思っただけだ」
仲間たちは言葉を失った。
それは烈なりの、「仲間に加わりたい」という意思表示だった。
「つまり、烈はうちのパーティに入りたいってこと?」
陽向がにやりと笑って直球で尋ねる。
烈は肩をすくめ、そっぽを向く。
「さあな。“ちょっと思った”ってだけだ」
しかし頬がわずかに赤くなっているのを、彩葉は見逃さなかった。
蒼井は腕を組み、しばし黙考する。
「……少なくとも、今日の依頼でわかった。烈の拳は確かに力になる。けど、俺たちのやり方とは全然違う」
蒼井は問いかけた。
「烈、どうして拳にこだわる?」
烈はぐっと拳を握りしめた。しばらく口を開けなかったが、やがて語り出す。
「俺は、『ウォーリア』になりたかった。子どもの頃から格闘技が好きで、特性も『格闘』だった。でも、ジョブは『ウィザード』。魔法はからきしなのに、何度鑑定しても変わらなかった」
言葉は次第に熱を帯びていく。
「笑われ続けて、誰からも認められなくても、……拳だけは裏切らなかった。だから拳を止めたら、俺じゃなくなる」
彼の声に、場が静まり返った。彩葉がそっと口を開く。
「烈君は、自分を信じてきたんだね」
その大きな瞳には、真剣な色が宿っている。
陽向はにかっと笑い、工具をくるくる回す。
「なんか、わかるかも! あたしも、失敗ばっかで『クラフターのくせにポンコツ』って言われてたし。でも、それでも好きでやめらんないんだよね」
「俺もそうだな」蒼井が肩をすくめる。
「盾役なのに、攻撃を受けきれないから追放された。笑えるだろ? けど、それが俺の特性なんだって受け入れたら、違うやり方が見えた」
結人はうなずき、静かに言葉を紡ぐ。
「僕も同じだよ。『ウォッチャー』なんて、戦闘職としては誰からも期待されなかった。『観察するだけのハズレ』だって言われ続けた。……でも、その目があったから、今はみんなの力を活かす道を見つけられた」
烈は、黙って彼らを見回した。そこに自分と同じように、過去を抱え、それでも進んできた仲間たちがいる。
拳を握り締めたまま、彼は小さく笑った。
「……お前ら、意外とハズレばっかじゃねぇか」
「そうだよ!」彩葉が勢いよくうなずく。
「だからこそ、強いんだと思う。だって、みんなが自分の“やり方”で支えあっているから!」
蒼井は椅子に背を預け、腕を組んだ。
「烈、お前の拳は確かに危なっかしい。だが、俺たちが受け止めれば、武器になる。……お前はどうしたい?」
烈は真っ直ぐに前を見た。
「……俺は、お前らとなら、もう少し先に進める気がする」
蒼井はゆっくりとうなずいた。
「よし。だったらしばらく“試し”で一緒に行こう。ただし、暴走はナシな。俺たちはパーティーだ」
烈は拳を軽く掲げ、笑った。
「任せとけ!」
そして勢いよく立ち上がり、手を振ってギルドを後にする。
「よし、明日からもよろしくな!」
残された四人は、どこか呆気に取られながらも笑みを漏らした。
「にぎやかになったね」彩葉が笑う。
「でも、まだ仲間募集の掲示って出してるよね?」陽向が首をかしげる。
蒼井は考え込み、やがて結論を出した。
「よし、一度休止にしておこう。枠は残して、縁があればまた誰か来るかもしれないしな」
その判断に、皆がうなずいた。
その夜、結人はノートに記す。
(烈の力は制御不能な部分が多い。だが努力する意志も見えた。ハズレ同士だからこそ補い合える――その可能性を信じてみたい)
こうして彼らは、新たな五人として歩み出すのだった。




