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落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

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第23話 盾と拳

 湿り気を含んだ風が、崩れかけた石壁を抜けていく。戦闘の余韻がまだ残っていた。通路には砕けた甲殻と黒い煙が散らばり、焦げた匂いが鼻を刺す。烈が拳で粉砕したスモッグビートルの残骸が、そこかしこに転がっていた。


「ふぅ……最高に楽しかったな!」


 烈は満足げに肩で息をつき、拳を打ち鳴らした。額には汗が光り、目はまだ興奮の色を宿している。


 その声に、沈黙していた仲間の空気が揺らぐ。


 蒼井がシールドを下ろし、呆れを隠さない表情を見せた。

「……それはお前だけだろ。俺なんか盾がミシミシ言ってたぞ。あの突進、あと二回は受け止められなかった」


 彩葉もペンダントを胸元で握りしめながら、小さく息をつく。

「……烈君が強いのは、すごくわかる。でも……その、怖いかも。動きが予測できなくて……誰を守ればいいのか、わからなくなるんだよ」


 言葉は控えめでも、その声音は確かに不安を伝えていた。


 烈は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに豪快な笑みを浮かべる。

「ははっ、悪ぃ! でもよ、結局勝ったんだし問題ねぇだろ!」


「問題あるだろ!」


 堪えきれず声を荒げたのは蒼井だった。

「お前の拳で吹っ飛んだ瓦礫、彩葉に当たるとこだったんだぞ! 罠も壊した、素材も粉々、俺たちが必死で守ったラインをメチャクチャにして……『勝ったからいい』? ふざけんな!」


 烈の笑みがわずかに消える。代わりに瞳に火が宿った。

「てめぇ……俺の拳がなきゃ、あの数どうやって止めた? 盾で全部受け止めるのか? 彩葉に回復させまくって、いつか尽きるまで待つのかよ!」


 蒼井は一歩踏み出し、烈を睨み返す。

「少なくとも仲間を危険に晒すやり方じゃねぇ! お前はただ暴れて気持ちよくなってるだけだ!」


「仲間を危険にだぁ? 俺はお前らを守るつもりで前に出てんだぞ!」


「守る? その結果がこれか!」


 蒼井の言葉には怒りと悔しさが入り混じっていた。彼は仲間を守ることを第一に考えている。だが烈のやり方は、守るどころか全員を危険に巻き込んでいた。


 空気が一気に張り詰めた。彩葉が慌てて声を上げる。

「や、やめて! 二人とも!」


 だが烈は収まらない。拳を握りしめ、低く言い放つ。

「俺は戦うためにここにいる。拳で敵をぶっ飛ばすためにな。仲間の足引っ張るつもりなんかねぇ……でもよ、臆病な守りに付き合ってたら、敵に押し潰されるのを待つだけだろうが!」


「臆病?」


 蒼井の声が怒りで震える。


「仲間を守るのを臆病って言うのか!」


 二人が一触即発の空気をまとったとき、陽向がぱんっと手を叩いた。

「はいはーい、そこまで! 二人とも、いい加減にしなよ。烈がド派手に暴れるのはわかってたことだし、アタシは結構好きだけどな。見てて楽しいし!」


「……楽しさで命は守れねぇ」


 蒼井が吐き捨てる。


「わかってるってば。でも烈がいなきゃ、この火力は出せないのも事実でしょ? アタシの罠、壊されたのはむかつくけど……あんな衝撃、他じゃ見られないんだよ?」


 陽向は苦笑しつつも、どこか目を輝かせていた。


 その言葉に烈がわずかに胸を張るが、蒼井の苛立ちはさらに募る。

「……陽向、お前が甘やかすからこいつは調子に乗るんだ」


「甘やかしてないって! ただ、烈の拳は本物だって認めてるだけ!」


「認めるのは勝手だが、こいつのせいで俺たち全員が危険にさらされるんだぞ!」


 烈は堪えきれず、蒼井の胸倉を掴もうと手を伸ばす。

 その瞬間、結人が割って入った。


「やめろ!」


 強い声が響く。烈の手を抑え、蒼井の前に立つ。

「ここで争ってどうする。僕たちはまだ共闘を始めたばかりだ。でも蒼井さんの言う通り、このままじゃ隊列が保てない」


 烈は鼻を鳴らした。

「……チッ、分かってるさ。頭ではな」


「……烈さん。力は確かにすごい。みんなも、それは認めてる。でも今のままじゃ、仲間が危険にさらされる。戦いは一人じゃない。チームで動く以上、合わせる努力をしてくれ。出発前にそう話したはずだ」


 烈は唇を噛みしめ、結人を睨んだ。

「努力? 俺の拳を殺せってのかよ。俺は俺のやり方で強ぇってことを見せたいんだ! だから止まれねぇ!」


「烈さんのやり方が強いことはわかってる。でも、たまたま今は無事だっただけだ」


 結人の声は低いが揺るがない。

「次も同じとは限らない。……このままじゃ、僕は烈さんを仲間として扱えない」


 烈の顔から笑みが完全に消え、結人をじっと見据え、拳を強く握った。

「……そうかよ。なら好きにしろ。ただ、俺は拳を止めねぇ」


 重苦しい沈黙が流れる。彩葉は不安そうに、陽向は落ち着かない視線で二人を見比べる。

 結人はその空気を断ち切るように言った。

「今は任務を終えることが先だ。話の続きは、帰ってからにしよう」


 湿った風だけが吹き抜けていく。

 チームの絆は、大きく軋みを生じていた。


 ――このままでは、一緒に戦うことすら危うい。


 結人は深く息を吐き、冷たい霧の中に視線を落とした。

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