表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/24

第22話 波乱の炎

 湿り気を帯びた風が、苔むした岩壁を吹き抜けていく。ここはDランクダンジョン《スモッグホール》。薄い霧のような瘴気が漂い、視界をわずかに曇らせていた。通路の奥からは、不気味な羽音が響いている。


「……慎重に行こう。烈さん、前に出すぎないでください」


 結人はゴーグルを下ろし、光量を調整しながら声をかけた。


「気をつける!でも、前に行かなきゃ殴れねぇ」


 烈は拳を握りしめ、笑みを浮かべる。その赤金の瞳は、暗がりでも燃えるように輝いていた。


「烈、突っ走ったら俺の防御が間に合わねぇぞ」


 蒼井が肩をすくめて笑うが、烈は豪快に返す。その裏に仲間を意識する気配が見え、結人は一瞬だけ安堵した。


 後方で、彩葉が小さな声を上げた。

「……なんだか、この先すごい嫌な感じかも」


 次の瞬間、通路の影から群れをなしたスモッグビートルが現れた。


「きた……!」


 結人は小型スキャナーをかざし、表示されるパラメータを瞬時に読み取る。硬い外殻、毒煙、突進速度。接近されれば厄介だ。

「やっべ、もうお出ましか」

 陽向が工具ベルトを叩きながらにやりと笑った。


「行くぞ!」

 烈が駆け出す。


「まだだ、烈さん! 止まって!」

 結人の声に、烈は踏みとどまった。約束を思い出したように拳を構え、息を潜める。


「蒼井さん、前に!」

「任せとけ!」


 蒼井は小型シールドを構え、飛んでくるビートルの突進を受け流す。衝撃は強烈だが、彼は身をよじって勢いを分散させ、隊列を守る。


 その背後で陽向が即席罠を仕掛ける。

「粘着ネット、展開――っと!」

 射出されたワイヤーが三匹のビートルを絡め取った瞬間、勝利を確信しかけたその時――


 烈の拳が赤熱し、罠ごと叩きつけた。爆発的な衝撃が広がり、ネットは引き裂かれ、瓦礫が飛散する。


「烈っ、ちょっと待って――!あんたの拳、タイミング合わせてよ! 罠も意味なくなるだろ!」

 陽向が叫ぶも、烈は笑いながら次の標的へ突進。


「悪ぃ! 拳が止まんねぇんだよ!」

 烈は少しは結人の指示を理解しつつも、楽しさに負けて飛び込む。

 その拳から放たれる衝撃波は、まるで爆発でも起こしたかのように、硬い甲殻を持つビートルを粉々に砕いていく。魔力の爆風でビートルが吹き飛ぶたび、仲間の隊列は乱れ、蒼井の防御も過剰な負荷を受ける。


「……すごい。でも危なっかしい!」

 彩葉が思わず口にする。


「だな。俺がカバーしねぇと」

 蒼井はシールドを構え、烈の背後に迫るビートルを受け止めた。


(ちょっ、ちょっと待ってください! もう少し連携を……!)

 結人の指示も轟音にかき消される中、烈はただ楽しげに拳を振るい続けた。ビートルを瞬く間に殲滅していくその姿は、確かにパーティーが抱えていた火力不足を一気に解決してくれた。しかし、その代償も大きかった。衝撃波が瓦礫を飛ばし、クエスト用の素材も粉々になった。


「きゃっ……!」


 瓦礫が弾け飛び、彩葉が思わず小さな悲鳴を上げた。それを庇うように、蒼井は半歩後退する。

「烈! 少しは周りを見てくれ!」

 蒼井の苛立ちに満ちた声が響く。結人もすぐにゴーグルを装着し、状況を再分析する。


(まずい……このままじゃ任務の目標も、みんなの安全も確保できない……!)


 結人は咄嗟に仲間の位置を確認し、戦術を修正しながら指示を出す。


「彩葉さん、後方に下がって! 烈さん、抑えて!」


 烈は、まるで結人の指示など聞こえていないかのように、さらに奥へ進んでいく。拳は赤く輝き、次のビートルを撃ち落とす。


 彩葉はデバイスを握りしめ、息を荒げた。

「……烈君、予測できない動きで……回復が追いつかないかも!」


 結人は深呼吸し、冷静さを取り戻そうと努める。烈の行動は、陽向の自由奔放さを遥かに上回る予測不能さだった。


(彼の力を制御するのではなく、この嵐の中で、いかにみんなを守るか……)


 結人の頭の中で、新たな戦術が再構築されていく。


「蒼井さん、左右を警戒して突進に備えて! 彩葉さんは回復を優先、陽向さん、次の罠は後方に設置!」


 烈は勢い余って暴走し、隊列が何度も乱れた。素材や周囲に被害が出るたび、結人の眉は深く寄る。


 群れを殲滅した後、廃墟に静寂が戻った。煙が立ち込め、倒れたビートルの残骸が散らばっている。烈は満足げに拳を鳴らした。


「ふぅ……最高に燃えたぜ!」

 その声には、熱血さと楽しさが混ざり、仲間は複雑な表情を浮かべる。


 結人は腕を組み、深く息を吐く。

(烈さん……力は頼もしい。だが、このままじゃ仲間としての運用はまだ不安……)


 彩葉は肩で息をしながら結人に視線を向けた。

「……烈君、強いのはわかるけど……やっぱり近くにいると怖いかも!」


 蒼井はシールドを小脇に抱え、苦笑する。

「力はすげぇ……でも、このままだと俺たちの命、いくつあっても足りねぇな」


 陽向は少し顔をしかめながらも、笑みを浮かべる。

「罠は壊れたけど……烈、やっぱ面白いなぁ……うーん、でも次は計画通りにやってほしいよ!」


 結人は戦場を見渡し、眉をひそめた。烈の力は確かに圧倒的。しかしその背中は、まだ制御不能な炎のように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ