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落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

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第19話 不足のピース

 苦い敗北の翌日。

 拠点のリビングは、いつもより薄暗く感じられた。窓から差し込む昼の光さえ、どこか冷たく見える。

 四人はテーブルを囲んで座っているが、誰も口を開こうとしない。昨日の戦闘の光景が、それぞれの頭に焼き付いたままだった。


 沈黙を破ったのは結人だった。

 彼はノートPCを開き、昨日の戦闘ログと簡単なグラフを投影する。


「……今回の負け、理由ははっきりしてる」


 画面には、胞子の増殖速度と自分たちの処理速度が並び、時間と共に差が開いていく残酷なカーブを描いていた。


 結人は指先でグラフをなぞりながら続ける。

「僕たちの戦術は、守りや時間稼ぎには強い。蒼井さんの防御、彩葉さんの回復や直感、陽向さんの装置……全部うまく噛み合っていた。でも、相手を一気に押し切る『瞬間火力』と、広範囲を制圧する『面制圧力』が決定的に足りないんだ」


 その言葉に、三人は苦い顔をした。


 蒼井は拳を握りしめ、低くうなる。

「……分かってる。守りを固めても、敵を倒せなきゃ意味がねぇ。攻めに転じても、火力が足りなきゃ削り切れねぇ」


 陽向は唇を噛み、膝を抱えてうつむく。

「アタシの装置も、単体ならまだしも、敵が多いと全然追いつかない。しかも、不安定で確実性もない……正直、足引っ張ってる気がする」


 彩葉も小さくうつむき、震える声で呟いた。

「私の直感も……ただ伝えるだけじゃダメ。もっと瞬時に動けないと意味がないのに……」


 胸の奥には、努力が報われなかった現実の痛みが広がっていた。


 結人は三人を順に見渡し、穏やかに言葉を重ねる。

「もちろん、改良の余地はあるよ。陽向さんは装置の使い方を工夫してみるとか、蒼井さんは攻撃に転じる訓練を増やすとか、彩葉さんは直感を身体で即応できる訓練をする……。どれも意味はある。でもね——」


 言葉を止め、静かに息を吐いた。

「結局は延命策に過ぎない。根本的な解決にはならない。……そう思ってるよね?」


 三人は黙ったままだったが、否定はしなかった。


 やがて蒼井が重い声で吐き捨てる。

「……このままじゃ、俺たちは壁に跳ね返され続ける」


「この状況を変えるには、盤面を埋める駒が……新しい仲間が必要なんだ」

 結人の声は静かだったが、その一言がリビングに重く沈んだ。


 陽向が肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。

「……でもさ、その“足りない駒”を埋めてくれる人なんているの?」


 蒼井が低く言い返す。

「だからって、足りないものを諦めるのか? それこそ終わりだろ」


 陽向は声を荒げる。

「分かってる! でも、誰を探すの? 私たちに混ざってくれる人なんて……」


 結人が手を挙げて制した。

「……整理しよう。まずは僕たちのパーティーの構成から」


 ホワイトボードを引き寄せ、ペンを走らせる。


 ――蒼井:前衛、防御特化。盾役。

 ――彩葉:後衛、回復・支援。

 ――陽向:後衛、ギミック型アタッカー。奇襲・妨害。

 ――結人:中衛、分析と戦術構築。調整役。


「こう並べると分かりやすいね。守り、支援、変則攻撃、戦術……でも、前を蒼井さん一人で支えてる」


 蒼井はうなずき、低く唸る。

「“攻めの柱”がいねぇ。俺が壁に専念して抑え込んでる間に、前で敵を削り切る奴が必要だ」


 陽向は指先で小型装置をいじりながら言った。

「そうなの。慎君が盾に専念できるなら、アタシは仕掛けに集中できる。爆破や拘束とか、敵を止めるギミックを回しまくれるのに。今は慎君が攻撃までやってるから手薄になるんだ」


 彩葉は小さく頷き、肩を落とす。

「……火力不足だね。私の回復もギリギリで……」


 結人は三人の言葉を聞き、冷静にまとめる。

「防御も支援も、即興の足止めもできてる。戦略そのものは間違ってない。でも、削り切る前に消耗してしまう」


 黙って仲間の顔を見渡し、結人は続けた。

「つまり必要なのは――“前衛の近距離火力”。盾役とは別に、敵を押し切れる存在だ。それがいれば、蒼井さんは守りに専念できるし、陽向さんは装置に集中できる。彩葉さんのサポートも最大限活かせる。僕もより大胆な戦術を組める」


 全員が頷き、ようやく足りないピースの輪郭を捉えた気がした。


 蒼井は腕を組み、真剣な表情でうなずく。

「確かにな。俺が盾に専念して足止めできれば、結人の読みと陽向の装置で突破口は作れる」


「だよね!」彩葉が手を打つ。

「慎君が抑えて、結人君が指示して、陽向ちゃんが仕掛けて……その上で、強い前衛が“ガンッ”って敵を吹っ飛ばせたら……!」


 しかし彩葉は不安そうに視線を落とす。

「……でも、そんな人が私たちのパーティーに入ってくれるかな。だって、世間から見たら“ハズレパーティー”だし」


 結人はホワイトボードのリストを見つめる。

 ――守り。支援。妨害。戦術。

 そして、空白の“攻めの柱”。

「僕たちが“ハズレ”なのは事実。でも、僕たちにしかできない戦い方もある。それを理解して、組んでみたいと思う人がどこかにいるはずだ」


 陽向はニッと笑った。

「ふふん、そういう物好きなら大歓迎だよね! アタシ、きっと気が合う気がする」


 蒼井も肩をすくめ、やや諦め交じりに笑う。

「まあ、探すしかねぇな。その足りないピースを」


 結人は短く息を吐く。

「……ただ、探すのに時間がかかるかもしれない。だから、しばらくは今の戦力でも手が届く依頼をこなしながら、探していこう」


 彩葉が少し明るくうなずく。

「それなら現実的かも! 経験も積めるし、運が良ければ……ね!」


 陽向は工具を腰に戻し、軽く手を叩いた。

「よーし、じゃあ次のクエスト探しに行こっか! 探しながら戦うってやつね!」


 蒼井は苦笑しつつもうなずいた。

「……結局、動きながら考えるのが一番性に合ってるかもな」


 結人は内心でかすかな不安を抱えつつも、皆の表情に力が戻ったのを感じた。

(戦略は正しい。あとは……“足りないピース”を見つけるだけだ)

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