第17話 未来の鐘
拠点生活が始まって数日。小さな屋敷には、毎日のように賑やかな音が響いていた。
今日も陽向の工房からは、金槌の音と小さな爆発音が交互に鳴り響く。
「よーし、次は絶対いけるって! ……あっ、やっべ!」
直後――「ボンッ!」という衝撃音。もくもくと黒煙が立ち込め、隣室で休んでいた蒼井が慌てて窓を開け放つ。
「……おい、また煙出てんぞ」
咳き込みながら顔をしかめる蒼井。
一方、陽向はすでにゴーグルを上げてケロッと笑っていた。
「ちょっとした計算ミス! でもほら、今回は爆発の規模ちっちゃいからセーフだよね!」
「セーフの基準おかしくねぇか……」
結人はノートを閉じて苦笑する。こうしたドタバタは、もはや拠点の日常風景になりつつあった。
工房の机には、鉄屑や木材や薬品が散乱している。
陽向はゴーグル越しに小さな部品を組み上げていく。
「はい、できたー! この“自動護身マシン1号”があれば、初心者だって安心!」
スイッチを押した瞬間――バネ仕掛けの腕がぐるんと回転し、後ろに立っていた蒼井の盾を叩いた。
「いってぇ!」
「ご、ごめんっ! 誤作動! あれ? なんでこっち向いてんの!?」
結人はメモを取りながら淡々と一言。
「……対象認識の設定が逆だな」
「えぇー! そんな初歩的な!?」
数時間後。
「よし、今度は“魔力式ランタン”! 魔力を込めて、スイッチ入れると――」
パチッと火花が散り、ランタンは点灯するどころか机ごと焦げた。
「アッチッチッチ! なんで火柱になるの!? 光ればいいだけでしょ!?」
蒼井が慌てて水をかける。
「お前……便利にしたいのか火事にしたいのかどっちだよ」
さらに別の日。
「次は絶対成功する! “跳ねる靴・試作版”!」
履いた瞬間――陽向の体が天井まで跳ね上がり、頭をゴンッと打ち付けて床に転がった。
「いったぁぁぁぁ! これ、初心者どころか上級者でも死ぬ!」
「……改良の余地ありだな」結人が冷静にノートを取る。
蒼井と彩葉は声を上げて笑った。
それでも、陽向はめげない。
「うーん、でも発想自体は天才的でしょ! あとは調整だけだから!」
胸を張る彼女に、みんな苦笑しつつも心のどこかで期待していた。
机の上には未完成のランタンや奇妙な靴、謎のベルト。どれも“失敗作”のはずなのに、陽向の手で次の可能性に変わっていく。
庭では蒼井が黙々と剣を振っていた。
「守るだけじゃ足りねぇ。……壁じゃなく、刃にもなれ」
汗を拭わず、盾を構えて突撃、剣へ切り替え、再び盾。
彼の動きは日ごとに鋭さを増していく。
ふと工房から「ドガーン!」と音。
「……ったく。まぁ、騒がしいほうが家らしいけどな」
苦笑しながらも、剣を構える手には決意がこもっていた。
(俺がしっかり守らなきゃな……あいつらも、この拠点も)
結人も部屋で、観察した記録をまとめていく。
外から笑い声が響く。
「……失敗ばかりでも、前に進む姿はすごいな……僕も止まってはいられない」
彼の目はノートPCから離れ、窓の外に向いた。
(僕も……止まってはいられない。皆が強くなるなら、僕は情報で支える)
キーボードをたたく音が、夜更けまで途切れることはなかった。
陽向は爆発を繰り返しながらも新たな発明を生み出し、試作品をギルドに並べては売り上げを伸ばしている。
彼女の工房はいつの間にか「初心者向け便利アイテムの発信地」として噂になりつつあった。
――一方で、彩葉は――
(みんな、どんどん強くなってる……。私だけ、何もできないのかも……)
掃除や料理をしながら胸を締め付けられる思いを抱いていた。
ある夜、彩葉は決意を胸に結人を呼び止めた。
「……あの、結人君。ちょっと、いい?」
「私、ただ守られてばっかりで……いいのかな。もっと役に立ちたい、かも」
結人は少し黙ってから静かに答える。
「彩葉さんは十分頑張っていると思うけど。でも、もっと何かしたいんだよね?」
「……うん」
「なら、【直感】を言葉にしてみるのはどうでしょう。彩葉さんの強みは“感じ取れること”だよね。それを伝えられれば、戦い方は変わると思うんだ」
「言葉に……するんだ」
「はい。危険を感じたら、短くてもいい。
『来る!』とか『今だ!』とか。声にしてください。
言葉にすることで【直感】と行動が結びつき、僕たち全員が動けます」
彩葉は驚いたように呟き、それでも少しずつ表情に光を宿した。
「……やってみたい、かも!」
結人はわずかに笑みを浮かべる。
「よし、少しずつ掴んでいこう」
胸に小さな光が宿る。彩葉はうなずいた。
翌日。庭に木人を立て、訓練が始まる。
蒼井と陽向が攻撃を仕掛け、彩葉は予兆を声にする。
「い、今来る!」「次、左っ!」
しかし最初は失敗続き。
蒼井の盾に打撃が入り、陽向が大げさに「ほらほら~声出してー!」と煽る。
彩葉は悔しさに肩を震わせた。
結人が近づいて言う。
「間違えても外れても大丈夫です。まずは“出す”ことに慣れましょう」
何度も繰り返し、ついに彩葉の叫びが的確に蒼井を動かし、陽向の仕掛けが連動した。
「おおっ! 今の完璧だったな!」
「やるじゃん、あやはちゃん!」
彩葉は胸が熱く、涙がにじんだ。
その後も日常は続く。
陽向が作った「安全ヘルメット」は頭に食い込み外れなくなり、蒼井が力任せに引き剥がす羽目になった。
「首取れるかと思ったわ!」
「ち、調整不足っ!」
「転倒防止ベルト」も試作されたが、突然作動して蒼井をぐるぐる巻きに。
「動けねぇ! これ防止じゃなくて捕獲だろ!」
「えええ!? なにその逆効果!?」
彩葉は涙を浮かべるほど笑い、結人は淡々と「捕縛道具としてなら売れる」と書き留めた。
夕暮れ、訓練を終えた皆でテーブルを囲む。
蒼井がスープを飲みながら言う。
「声出してくれるだけで、だいぶ助かる。おかげで守りやすい」
「わたし……少しは、役に立てたのかな」
「おう。十分だ」
彩葉は頬を赤らめて「だよね……ありがとう!」と笑った。
陽向もニッと笑う。
「『気づき』ってのは武器になるんだよ!」
結人も言葉を添える。
「未来を怖がるんじゃなく、掴もうとすること。今日のは、その始まりですね」
彩葉は胸に手を当て、小さく笑った。
(私も……一緒に歩いていけるんだ)
小さな屋敷に笑い声が響き、遠い未来の鐘の音を呼び寄せていた。




