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落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

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第16話 始まりの場所

 ギルドの受付で、束ねた《翠玉草》が検品される。

 鈴の音と同時に、達成印が書類に押される。その小気味よい音に、四人の胸の重みは少しだけ軽くなった。


「依頼、完了です。皆さん、お疲れさま!」


 報酬の袋を受け取る。

 その重みは現実で、次に繋ぐ最低限の燃料だった。

 だが――四人の表情は浮かないまま。達成感の裏に、まだくすぶる悔しさが残る。


 ギルドを出て、沈黙を破ったのは蒼井だった。


「……結人、お前、あそこでよく引いたな。普通なら意地で殴り続けちまう」


 結人は視線を落としたまま、淡々と答える。


「勝ち筋が無いのに殴るのは、ただ無謀なだけですから」


 短く吐き出す声。泥に濡れた靴が石を鈍く叩く。

 今日、彼らは“倒せなかった”。

 だが“生きて帰った”。そして“依頼は果たした”。


 悔しさと安堵が同じ重さで沈む。

 まだ四人の歩幅は揃わない。

 けれど、向いている方向だけは同じだった。


 *


 数日後。

 街外れの古びた一軒家の前に立つ四人。


「……ここ、借りるのか?」

 蒼井が腕を組む。


 結人が頷いた。


「ギルドの共有スペースじゃ限界があります。共同で拠点を持つ。生活の中で連携を磨けば、成長も速いはずです」


 埃まみれの床、荒れた庭。初めて目にした拠点の状態は良いものではなかった。


「やっべ、ここ面白そうじゃん!」

 陽向がぴょんと跳ねる。

「アタシの工房も作れるし、拾ったガラクタもついに出番だよ!」


 彩葉も小さく笑みをこぼす。


「……みんなで一緒に住んで、練習できるの、ちょっと……楽しそう、かも」


 蒼井は腕組みのまま、壁のひび割れを眺める。


「油断すると怪我するぞ……特に陽向」

 陽向ははしゃぎながら瓦礫をジャンプして避け、蒼井に手を振る。


「うっひゃー! ここ、忍者修業できるかも!」


 反対は出なかった。決して好条件ではない。だが、四人の胸には小さな火がともった。

 ここが、彼らの「始まりの場所」となる。


 *


 拠点生活は、泥と汗にまみれた日々から始まった。


 陽向は道具を持ち出し、ノリノリで庭に飛び出し、片付けながら工房を作る準備をする。

 途中、瓦礫に足を取られて転びそうになり、彩葉に助けられる。


「ひゃっ! あやはちゃん、セーフ!」

「……転ばないでね、陽向ちゃん……」彩葉は苦笑い。


 蒼井は黙々と庭の瓦礫を片付け、「足元注意、滑るぞ」と時折注意を促す。

 結人は全体を見渡し、効率的に役割分担を指示する。


 彩葉は雑巾掛けをしながら、窓辺に小さな花を置き、明るく雰囲気を作る。

「ちょっとだけ、気分が晴れるかも!」


 ――こうして、冒険仲間から“生活仲間”への橋渡しが始まった。


 掃除と簡単な修繕が終わると、訓練が始まる。


 陽向はガラクタを運び込み、工房を占拠した。


「ふふーん! アタシの《振動ピン》で、甲殻虫なんてガガガーンってなるかも!」

 ……だが結果は――爆発するピン、熱で折れるピン、ぐにゃりと曲がるピン。失敗作の山。

 工房からは煙や火花が絶えず立ち昇る。


「おい! 今の爆発で壁にひび入ったぞ!」

 蒼井が庭から怒鳴る。


「へへっ、ごめんごめん! でも、失敗しても全然OKだよね!」

 陽向は笑顔を崩さず、すぐに新しいピンを手に取る。

 一瞬、ピンが飛んで庭にいた蒼井の盾に当たり、蒼井が「いてっ!」と飛び上がる。

 陽向は工房から手を動かしながら「ごめんごめん!」と笑う。

 二階の窓際で作業中の彩葉は慌てて声をかける。「やめてー!」

 距離は離れているが、四人は互いの動きを見守りながら笑い、次の実験を始めた。


 庭では蒼井自身も訓練に明け暮れていた。

【手際】を織り込み、盾から剣、剣から盾へ。

 攻防の切り替えを何度も反復し、汗を滴らせる。


「守るだけじゃねぇ、攻めに転じられて初めて壁になれる……!」


 二階の一室では、彩葉が小さな祭壇を前に座っていた。


「……集中、集中……」

 祈りと共に魔力の流れを整え、詠唱の速度と精度を磨く。

 仲間を即座に癒せるよう――何度も繰り返す。


 結人は、そんな三人を観察しつつ、陽向の失敗作を拾い上げた。


「……素材の配合を変えてみましょう。ここを少し改良すれば、振動が強まるはずです」


「マジ!? それ天才だよ、ゆいとくん!」

 陽向の瞳が輝き、すぐに工具を手に取る。

「見て見て! 次は絶対うまくいくって!」


 そして――。

 甲殻を砕く音が、庭に響いた。

 一撃で甲虫の殻を割った振動ピン。


「やった! ついにできたよ!」

 陽向が汗と油まみれの顔で笑う。

「百本もあったら最強だよね! 耐久はショボいけど、コツはつかんだ!」


 火力の可能性が、確かに掴めた瞬間だった。


 結人が刃を収め、短く息をつく。


「工夫で切り開く……なら、僕らにも道はある」

 訓練の中、可能性を開く感触を全員が感じていた。


 *


 夕方、拠点内で簡単な夕食を囲む。

 彩葉が「味は微妙かもだけど」と言いながら、皆に料理を振る舞う。

 蒼井は「……悪くない」と一口食べて笑い、陽向は「やっべ! あやはちゃん、すごい!」と大げさに褒める。

 結人は皆のやり取りを見つめながら、「次の依頼、どうするか」と考えていた。


 談笑が落ち着くと、自然と話題は未来のことへ移る。


「ねぇ、結人君。次の依頼もまた大変かも? だよね」

 彩葉が少し不安げに言う。


 結人は小さくうなずき、窓の外の夕陽を見つめる。


「かもしれません。でも、僕たちは前よりも強くなれる。仲間の力を引き出して、戦術を磨けば……きっと、大丈夫」


 蒼井がぐっと拳を握る。


「盾として、もう二度と仲間を傷つけさせたくねぇ……!」


「アタシも、失敗ばっかでも、みんなの役に立ちたい!」

 陽向が元気よく声を張る。手元の振動ピンを軽く振って見せる。


 彩葉は少し照れたように笑う。


「今度こそ、ちゃんとみんなを支えたい……かも!」


 夕食後、四人はリビングのラグに並んで座り、笑いながら雑談を続ける。

 依頼のこと、訓練のこと、将来の夢――ささいな話題でも、今は全てが温かく、希望に満ちている。


 夜が更け、拠点に灯りがともる。

 窓から漏れる柔らかな光は、まだ小さいけれど確かな一歩。

 四人はそれぞれの思いを胸に、新たな明日を静かに見つめた。


 こうして、彼らの小さな拠点と日々の訓練は、未来への希望と覚悟を育む場となった。

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