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落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

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第15話 硬殻の壁

 地下通路での死闘を終え、四人はようやく地上に戻った。

 まだ夜明け前、街路の空気は冷たく、肌に残る血と汗の熱を容赦なく奪っていく。


 蒼井が壁に背を預け、荒い息を吐いた。

「……はぁ。昨日の練習で間合い詰めるの意識してたんだけどな。やっぱ火力足りねぇわ」


 盾で群れを止め、結人の誘導で敵を束ねることはできた。

 だが、そこから決定打につながらない――その現実だけが胸に重く残る。


「アタシの罠もさ!」

 陽向が悔しそうに足をバタつかせる。

「踏み板も連動も仕掛けてたのに! 敵が多すぎて効き目ショボかったんだよね~。昨日よりはマシだったけど……もっと一気に転ばせたかったのに!」


 彩葉は両手を胸に重ね、視線を落とした。

「……回復は詠唱できたけど……最後、追いつかなくなっちゃって……。みんなをちゃんと支えられなくて、ごめん……かも」

 声が震え、まつ毛の先に涙が滲む。


「いや」

 結人が短く遮る。

「彩葉さんが支えてくれたから、僕らは倒れずに済みました。蒼井さんの盾も、陽向さんの罠も……全部機能してた。ただ――どれも決め手にならなかった。それが現実です」


 三人は言葉を失い、静寂が落ちる。戦闘の記憶が、まだ生々しく体に焼き付いていた。


 ――休息の後、四人はギルドの共有スペースに集まる。

 結人がノートPCを開き、戦闘ログを映し出した。

 敵の数、罠にかかった割合、回復が追いつかなくなった時間。数字は容赦なく「不足」を突きつける。


 蒼井が髪をかき上げ、苦々しい顔をした。

「盾で止めてまとめても……攻撃が足りねぇ。昨日の練習も、今日の連携も……結局、倒し切れてねぇんだよな」


「じゃあさ!」

 陽向が机をバンと叩いた。

「アタシの罠をもっと一点突破用にする! 群れを転ばせるだけじゃなくて、まとめて吹っ飛ばすやつ! 絶対つくるから!」


 彩葉も顔を上げる。

「……わ、私も。回復を遅らせないように頑張る。昨日よりは……少しは早くなってる、はずだから……!」


 結人は三人を見渡し、静かにスモールソードを取り出した。

「――今のままでは全滅します。けど、諦める気はありません」

 声音は淡々としていたが、奥底には燃えるような決意がこもっていた。


「蒼井さんの間合い、陽向さんの罠、彩葉さんの支援……僕の誘導で束ねれば、一瞬でも“牙”になった。完璧じゃなくてもいい。ほんの一瞬でも刺せれば、突破口は作れる」


 蒼井は苦笑しつつもうなずいた。

「……なるほどな。殲滅は無理でも、道を切り開けりゃ十分か」


「そうそう!」

 陽向が拳を握って飛び上がる。

「アタシ、絶対成功させるから!」


 彩葉も胸に手を当て、震えながらもうなずいた。

「……うん。みんなに、ちゃんと追いつくから」


 結人は窓の外を見やった。夜が明け始め、淡い光が街を照らしていく。

「――次の任務で試していきましょう。僕たちはまだ始めたばかりです」


 四人の視線が交わる。

 未熟で、不完全。だが確かに「戦術」としての形を帯び始めていた。


 *


 数日後、彼らが受注したのは討伐ではなく、湿地帯ダンジョン奥に自生する高価な薬草《翠玉草》の採取依頼だった。

 生活のための報酬、そして次につなぐための仕事。異論は誰からも出なかった。


「正面衝突は避ける。僕がルートを見て誘導、蒼井さんは壁、陽向さんは採取スポットに罠を集中、彩葉さんは回復で支えてください。準備通り行きます」


 ぬかるむ湿地を、四人は呼吸を合わせて進む。

 やがて苔むした壁の影に、翠色の草が揺れているのを確認し、彩葉が少し明るい声をあげた。

「……あった。《翠玉草》!」


「よっしゃ発見!」

 陽向が小型の刈り具を取り出し、しゃがみこんで手早く採取を始める。

 結人は地面の盛り上がりに目を留め、低く声を張った。


「来ます、散開!」


 泥を割って現れたのは、全身を硬い甲殻で覆った《ボグ・カーバー》。

 巨体の大顎が不気味に鳴り、こちらを狙う。


「前、俺が取る!」

 蒼井が盾を構え、渾身の【シールドバッシュ】を叩き込む。だが手応えは鉄板を殴ったように鈍く、腕が痺れる。


「硬ぇ……!」

 脇をすり抜けるように結人が踏み込み、甲殻の継ぎ目に刃を差し込むが、浅く止まった。

 陽向の罠も湿地に埋まり、作動が鈍い。


「ちょ、最悪の地形じゃんコレ!」

 彩葉が詠唱を送り、蒼井の踏ん張りを繋ぐ。だがタイミングは一拍遅れ、額に汗が滲む。


 結人の【観察】が無情に告げた。

 敵の硬化と再生を上回れない――勝ち筋はない。


「……全員撤退準備を。必要分だけ採取。陽向さん、あとどれくらい?」


「二束! 根が固くて抜けない!」


「蒼井さん、五カウントだけ耐えてください。僕が左へ誘導する。彩葉さん、回復を――行きます!」


 結人が泥を跳ね、刃をわざと甲虫の脚に擦らせる。甲高い音が敵の注意を引き、ヘイトが流れる。

 蒼井が吠え、盾で押し返す。


「来いよ、鉄クズ!」


「ヒール、今!」

 白光が蒼井を支え、踏ん張りが伸びる。陽向は腰を落とし、正確に二束を刈り取った。


「完了! 撤退ルート右!」


 結人が先頭に立ち、浅瀬を駆け抜ける。甲虫が追うが、陽向の小型音響罠が横で破裂。

 巨体が一瞬立ち止まり、蒼井が盾で距離を稼ぐ。


 岩肌の足場に出た瞬間、追跡は途絶えた。甲虫はぬかるみを好むが、乾いた地を嫌う。


「……はぁ、はぁ……生きた心地がしねぇ」

 蒼井が膝に手をつき、苦笑する。


 陽向が背負い袋を叩く。中で《翠玉草》が瑞々しく揺れた。

「必要束、確保! 依頼はクリアだ!」


 彩葉がほっと胸をなで下ろす。

 結人は振り返り、泥の奥に沈む黒い影を見つめた。

 ――甲殻は傷一つついていない。


「帰ろう。報告して、休んで、次の策を練る」


 四人は歩き出す。

 彼らの戦術は形になり始めていた。だが「決定打」が欠けている現実は、まだ重くのしかかっていた。

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