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落ちこぼれ探索者たちのダンジョン攻略録 ~地味職ウォッチャー、観察から始まる冒険~  作者: 砂風船
第1章:不協和音の欠片たち

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第14話 細道の群れ

 昨日の反省会の翌朝、四人はまだ寝ぼけ目のまま、今日のクエストに向けて調整を続けていた。


 蒼井は盾を振りながら、「防御だけでなく攻撃のタイミングも意識する」と独り言をつぶやく。完璧にはならないが、昨日の失敗を少しでも補うための第一歩だ。盾を構え、敵の攻撃を想定して前後にステップを踏む。体が覚えていく微妙な間合いを、彼は黙々と調整していた。


 陽向は工房で罠の試作を続ける。狭い通路でも使える新型トラップのプロトタイプ。踏み板の圧力、落とし穴の感覚、連動する仕掛けのタイミングを何度も試す。時折、罠が作動せず跳ね返る音に眉をしかめながらも、目は生き生きとしていた。


 彩葉は回復魔法の詠唱を反復する。恐怖に負けそうになる心を押さえつつ、仲間のHPを瞬時に補える感覚を少しずつ体に覚えさせていた。「魔力を切らさず、最適なタイミングで回復を出す」――昨日の任務で足りなかったその感覚を、彼女は必死で掴もうとしていた。


 結人はノートPCで戦術シミュレーションを調整しつつ、自分も戦闘で少しでも火力に貢献する案を練っていた。敵の動きを見極め、弱点を突くタイミングを作る。仲間の攻撃が決まりやすい位置取りを考える。理論だけでなく、自ら剣を取って動くイメージも描き、訓練場で軽く実践してみる。


「完璧じゃなくてもいいので、少しずつ、任務で試してみましょう」


 結人の言葉に、三人は小さく頷く。朝の光が差し込む中、四人は任務へ向かう準備を整えた。


 薄暗い地下通路に一行は足を踏み入れた。湿った空気と、カビ臭い匂いが鼻を突く。今回のクエストは、この地下通路に異常発生した《スケルトン・ラット》の殲滅だ。


 通路の奥、闇の中で目が光る。無数のラットが、まるで地面から湧き出るかのように押し寄せてくる。


「やっべ、どんだけいるのこれ……」


 陽向が思わず声を漏らす。その数は、百や二百ではきかない。骨と骨が擦れ合うカチカチという音が、やがて地鳴りのような響きとなって迫ってくる。


「蒼井さん、盾を。陽向さん、準備を」


 結人の冷静な指示で戦闘が始まる。


 盾を前に構え、蒼井が【鉄壁の構え】で通路を塞ぐ。先鋒のラットが盾に衝突――鈍い音が響く。剣を振り、三匹が粉砕される。衝撃が腕を伝わり、かすかに手首が悲鳴を上げる。


 陽向が即席の罠を仕掛け、ラットが踏む。数匹が転倒し、次の群れがよろめく。彩葉がその隙に詠唱――白い光が仲間を包み、疲労を最小限に抑える。


 結人は前へと飛び出す。スモールソードで密集するラットをかき分け、蒼井の【シールドバッシュ】に誘導する。致命傷ではなく、戦術的に「束ねる」ことが目的だ。


 盾に引き寄せられた群れ――蒼井の瞳が鋭く光る。大きく振りかぶり、【シールドバッシュ】!衝撃波と共に十匹以上のラットが吹き飛び、骨の破片が宙を舞う。


 しかし、奥から新たな群れが怒涛の勢いで押し寄せる。秒単位で繰り返される攻防。

 ラットの波が盾に押し寄せ、剣を振るう手が重くなる。陽向の罠は次々と尽き、彩葉の詠唱はわずかに遅れ、息が荒くなる。


「このままだと、キリがねぇ……!」

 蒼井の声が響く。盾の重み、剣の鈍い振動、疲労で鈍った反応――体は限界に近い。


 結人も全力で誘導する。だが、頭の中の戦術はリアルタイムで崩れ、計算は追いつかない。生き残るため、目の前の敵を叩き潰すしかない。


 蒼井は盾を構える腕が鉛のように重くなるのを感じていた。剣を振るう速度が明らかに落ち、一撃で倒せるラットの数が減っていく。陽向は最後の罠を仕掛けるが、もう使える材料がない。彩葉の回復魔法は、もはや使えない。彼女の顔は蒼白になり、魔力の枯渇が肉体的な限界となって現れていた。


「……あと、何匹?」


 誰かがつぶやいた。誰もが同じ疑問を抱いていた。目の前の敵を倒しても、その奥に続く闇からは、新たな骨の音が聞こえてくる。それは、この戦いに終わりがないことを告げていた。結人は、頭の中のシミュレーションがもはや意味をなさないことを悟る。完璧な戦略を練っても、それを実行する力がなければ、ただの机上の空論に過ぎない。その事実が、彼の心を深く突き刺した。


 もはや、理性的な判断など不可能だった。ただ本能的に、生き残るために目の前の敵を叩き潰すことしかできない。全員のスタミナと精神が限界を迎えていた。


 なんとか最後のラットを撃破したとき、全員の体は限界を迎えていた。呼吸は荒く、汗で服が張り付き、息を整えるだけで精一杯だ。


 蒼井は壁に背を預け、大きく息を吐く。「へっ……これじゃあ、話にならねぇな。俺ら、削りきる牙がねぇ」


 結人も、スモールソードを握りしめながら、冷静に状況を見つめる。防御・誘導・回復出来ることをした。しかし、どれだけ工夫しても、この戦力では火力が足りず、敵を削りきることはできなかった。


「……次の任務までに、もっと戦い方を考えないと」


 結人の瞳には、新たな戦術と、より決定的な力が必要だという決意が宿っていた。

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